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圧死で我が子を亡くした日本人、梨泰院で悲しみを共有

登録:2023-03-18 05:08 修正:2023-03-18 07:09
梨泰院惨事の現場を訪れ、献花する明石歩道橋事故の遺族。2001年の明石花火大会で発生した歩道橋圧死事故の遺族、三木清さん(右)と下村誠治さんが17日午前、ソウル梨泰院の惨事現場を訪れ、追悼メッセージの前で献花している/聯合ニュース

 「遺族に国境はないと思います。人が死んでいるのに法律や世の中が変わらないのはおかしい。力を合わせて世の中を変えていきましょう」

 22年前の花火大会で発生した圧死事件で8歳の娘を亡くした三木清さん(54)は17日、梨泰院(イテウォン)惨事とセウォル号惨事で家族を失った遺族に会い、このように語った。この日、10・29梨泰院惨事遺家族協議会(遺家協)と4・16セウォル号惨事家族協議会、共に民主党のウ・ウォンシク議員ら13人の国会議員が国会で共催した討論会に出席した下村誠治さん(65)と三木さんは、両惨事の遺族に連帯の意を伝えた。彼らは2001年7月に兵庫県明石市で開催された花火大会の際に歩道橋で発生した圧死事件の遺族で、下村さんは当時2歳だった息子を失っている。

 彼らが経験した事件と梨泰院惨事は似ている。当時、約13万人が集まった花火大会の現場では11人が死亡し、247人が負傷した。予防策の不在と警察のずさんな対応の問題が明らかになったが、政府と与党は惨事を花火大会に行った市民のせいにした。遺族会が結成され、積極的な真相究明に努めた末、15年かかってようやく責任者を民事・刑事法廷に立たせた。昨年7月には長い闘いをつづった本『明石歩道橋事故 再発防止を願って』が出版された。

 遺家協のイ・ジョンチョル代表は討論会で「惨事発生から140日を迎える私たち遺族の立場からすると、22年の時間は計り知れない長い闘いの時間」だとし「勇気を出そうと思う。真相究明と責任者処罰は私たちのような被害者が出ることを防止する道」だと語った。

「災害惨事の真相究明と再発防止のための被害者の努力」と題する討論会が17日午後、ソウル汝矣島の国会議員会館で行われた。日本の「明石花火大会歩道橋事故」、10・29梨泰院惨事、4・16セウォル号惨事の遺族が参加した/聯合ニュース

 下村さんと三木さんは、明石の事件の原因を究明し責任者に法的責任を問うまでの過程を共有しつつ、遺族の役割を強調した。明石事件で、日本は政府所属ではなく第三の独立した事故調査委員会を設置して報告書を作成したが、下村さんは「(調査委の)報告書は各種の現場資料と写真、証言をきちんと集めて遺族が納得できるように作られ、その後の裁判で主要な証拠として使われた」と評価した。

 また、検事の不起訴処分の適正さを国民が審査する「検察審査会」制度を活用し、検察が不起訴とした当時の警察署長ら一部の責任者も起訴することができた。三木さんは「検察審査会によって(署長らが)強制起訴されたが、公訴時効満了で最悪の結末になった」としつつも「裁判の過程で様々なことが明らかになったし、それをもとに制度やマニュアルが作られた」と評価した。民事訴訟では「子を連れて行った親の責任はない」として、責任主体が誰なのかを明確にした。下村さんは「韓国政府は遺族ときちんと向き合っていないと感じる」とし「真相究明と同時に遺族をきちんと支援する窓口を国が設置すべき」とも強調した。

 彼らは討論会に先立ち、ソウル市役所に設置された犠牲者焼香所と梨泰院惨事の現場を訪れ、犠牲者を追悼した。下村さんは「日本でもニュースを見たが、あの狭い坂道を見て、なぜここで(人を)救助できなかったのか、話にならないと思った」とし「現場を見たら、遺族の質問に答える心構えが変わった。耐えられない悲しみが襲って来た時に呼んでくだされば、いつでも駆けつける」と語った。

チャン・イェジ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/1084111.html韓国語原文入力:2023-03-17 19:15
訳D.K

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