最後まで詭弁(きべん)の連続だった。裁判が結審する日、「内乱首謀者」である被告人尹錫悦(ユン・ソクヨル)前大統領はついに謝罪しなかった。「警告のための戒厳」だったというこれまでの主張を繰り返し、非常戒厳宣布は「反国家勢力の悪行」のせいだと語った。
ソウル中央地裁刑事25部(チ・グィヨン裁判長)の審理で13日午前9時30分から始まった公判は日をまたぎ、尹前大統領は14日午前0時11分から最終陳述を開始。尹前大統領は「放送で全国に、全世界に始まると告げ、2、3時間で国会がやめろと(言って)やめる内乱を見ましたか。銃弾のない空(から)の銃を持って行う内乱を見ましたか」と述べ、憲法裁判所の弾劾裁判でも繰り広げた「訴えるための戒厳」だったという主張をまたも持ち出した。
1年以上にわたる弾劾・刑事裁判の間、尹前大統領の認識はまったく変わらなかった。巨大野党(当時)である「共に民主党」が政府立法を国会で可決せず、政府予算を削減し、弾劾を相次いで推進する中、中央選挙管理委員会の不正選挙疑惑などの深刻さを国民に訴えるための方法は非常戒厳しかなかった、という詭弁は相変わらずだった。尹前大統領は、民主党は「反憲法国会独裁」をしていたとして、「自由民主主義体制、自由市場経済体制、自由陣営との連帯という国家路線を覆すためのものだ。体制転覆を狙うもの」だと主張した。
特検チームを批判する際には、口調がさらに乱暴になった。特検チームのことを「粛清と弾圧に象徴される狂乱の剣の舞」を舞って「民主党のホイッスルで盲目的に飛びついてかみちぎる猟犬の群れの姿」だと述べた。また尹前大統領は「戒厳で長期独裁をするって? 本当に前もって教えてくれればよかったのに。どうやってやるのか学んでみようじゃないか」と特検チームの方をにらみつけた。
死刑を求刑された直後にマイクを握った尹前大統領の顔は紅潮していた。尹前大統領はこの日、席に座って準備していた原稿を1時間30分間にわたって読みあげた。声はしゃがれ、頻繁に顔をしかめた。