李在明(イ・ジェミョン)大統領は14日、南北境界地域の住民の生命と安全を脅かす対北朝鮮ビラ散布を止める対策作りを政府に指示した。16日午前、ソウル光化門(クァンファムン)の政府総合庁舎で、首相室や国家情報院、行政安全部、国土交通部、警察庁などが参加した中、対策会議が開かれた。
この日の会議では、航空安全法(気球の外部に2キロ以上の物をぶら下げて飛行)▽災害安全法(2024年10月京畿道坡州・金浦・漣川地域11カ所の危険区域設定)▽高圧ガス安全管理法(未登録ヘリウムガス運搬)などを通じて対北朝鮮ビラ散布を防止できるか等が議論されたという。
対北朝鮮ビラを北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)体制に対する効果的な攻撃手段とみなす保守陣営は反発している。野党「国民の力」は同日、報道官の論評を通じて、「文在寅(ムン・ジェイン)政権で対北朝鮮ビラ散布禁止法を作ったが、憲法裁判所が表現の自由を侵害するとして違憲決定を下した」と述べ、李大統領の指示を批判した。尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権で統一部長官を務めた国民の力のクォン・ヨンセ議員は「韓国日報」とのインタビューで、航空安全法など「他の法で処罰することも明らかに憲法裁の解釈に反する」と主張した。「朝鮮日報」は社説で、「政府がいかなる法的根拠を示しても、対北朝鮮ビラを処罰するのは憲法に反しており、姑息な手に過ぎない」と主張した。
南北境界地域の住民たちは「ビラを撒けば砲弾となって返ってくる」とし、軍事衝突に対する不安と恐怖を抱いて日々暮らしている。対北朝鮮ビラ散布は、特定個人の表現の自由のレベルを超え、南北境界地域住民全体の命と直結した事案だということだ。これに対し、文在寅政権時代の2020年12月に改正され、翌年3月に施行に入った南北関係発展法は「国民の生命・身体への危害や深刻な危険を発生させてはならない」とし、その例として「ビラ散布」を明示し、これに違反した場合、未遂犯でも3年以下の懲役や3千万ウォン(約319万円)以下の罰金を科すようにしている。
改正された南北関係発展法の施行から1カ月も経たない2021年4月、「自由北韓運動連合」のパク・サンハク代表が数十万枚のビラを入れた大型風船10個を北朝鮮に向けて飛ばした。それを受け、北朝鮮は軍事境界線(MDL)付近の軍部隊の高射砲などの装備を普段より南に前進配置するなど、緊張が高まった。パク代表は南北関係発展法違反の疑いで起訴されたことについて憲法訴願を出し、憲法裁は2023年9月、裁判官による違憲7対合憲2の意見で、対北ビラ散布を取り締まり処罰する条項に対して違憲決定を下した。
憲法裁の違憲判断以後、国民の力や「朝鮮日報」のように「対北ビラ散布は表現の自由なのですべて認められる」というひとまとめの主張が繰り返されている。だが、それは事実ではない。当時、違憲と判断した憲法裁判官7人でも4対3で意見が分かれるなど、一刀両断するような判断は示されなかった。
当時の違憲決定は「他の法令などを通じて散布を防ぐことができるのに、処罰まですることは、表現の自由を過度に制限するため」憲法に反するということだ。むしろ裁判官9人全員が「南北境界地域住民の生命と身体の安全を保障するという立法目的は正当」という点には同意した。また、裁判官9人のうち半数を超える5人は「対北ビラ散布は国民の生命と身体に対する深刻な危険を発生させる」という事実にも同意した。
特に、最も強い違憲意見を出した裁判官4人は、南北関係発展法で処罰しなくても警察官職務執行法(生命・身体・財産の保護)で対北朝鮮ビラ散布を現場で制止できるうえ、集会及び示威に関する法律の屋外集会・デモ申告方式を導入し、ビラ散布者に事前申告および解散命令を規定することができるうえ、公有水面法や航空安全法などを通じて散布禁止を通知することもできるという「迂回禁止案」を提示した。李在明大統領の指示とその後に取り挙げられた対北ビラ散布禁止案も、憲法裁の決定の枠内で行われている。
ただ、憲法裁の違憲決定をめぐっては、南北境界地域の住民の生命と安全をあまりにも軽く判断したという批判がある。深夜に密かに対北朝鮮ビラを散布する団体に対し、迂回禁止案の効果は低いという批判もある。
当時、対北朝鮮ビラ散布禁止・処罰に対し、合憲の意見を示したキム・ギヨン裁判官とムン・ヒョンベ裁判官は「現実的に境界地域の住民の安全に深刻な脅威となっており、実際に(北朝鮮による)加害行為が発生したケースもあった。国家刑罰権の行使は最後の手段として必要最小限の範囲にとどまらせるべきという点には同意するが、境界地域住民の生命と身体の安全に対する危険を防止しながらも、あまり侵害的でない代案を見出すことができるかは疑問だ。ビラ散布禁止・処罰以外には代案がないとみた立法者の判断は尊重されなければならない」と述べた。