文在寅(ムン・ジェイン)元大統領の側近だけを狙っていた検察の尹錫悦(ユン・ソクヨル)師団が、2025年4月24日、ついに文元大統領本人に照準を合わせた。自分たちの主君が「親衛クーデター」で罷免されてから20日後に、政敵関係にあった文元大統領を賄賂容疑で起訴したのだ。約3年間の捜査期間中、一度も被疑者に対する取り調べを行っておらず、関係者の供述を取ることもなかった。罷免された前大統領とともに、元大統領も一緒に法廷に立たせることが目的の政治的起訴だった。
検察(全州地検)の論理は単純だ。「文在寅政権で公職に就くことになったある企業家が、大統領の娘の配偶者を自分が株式を持っている海外の航空会社に就職させた。娘夫婦は大統領から生活費の援助を受けていた。娘婿の就職をきっかけに、大統領はこれ以上生活費を援助する必要がなくなった。したがって、娘婿が受け取った給料は、義父である大統領の金銭的利益と見なすべきだ」
■娘婿の金は義父の金という奇抜な発想
検察はイースター航空の創業主であるイ・サンジク元議員が2018年3月に中小企業振興公団の理事長に任命された後、その「見返り」として自身が設立したタイ系の格安航空会社のタイ・イースター航空に大統領の娘婿を就職させたと主張した。大統領の親戚を管理する大統領府民情秘書官室の特別監察班がこれに介入し、大統領もこの事実の報告を受けたということだ(文元大統領側と当時の大統領府参謀らはこれを強く否定している)。娘婿が1年8カ月間にわたり受け取った給料と住居費2億ウォン(約2000万円)余りは文元大統領への賄賂だ、というのが検察の主張だ。
「娘婿の金は義父の金」という論理が成立するには、娘婿と義父が「経済共同体」でなければならない。経済共同体は夫婦のように同居しながら互いに扶養する関係だ。同居しておらず、それぞれ生計を立てている娘婿と義父を「経済的夫婦」のような関係にするには、かなり高いハードルを乗り越えなければならない。裁判所は2023年2月、クァク・サンド元大統領府民情首席の息子が資産管理会社「火天大有」から退職金と賞与金の名目で50億ウォンを受け取った収賄事件の一審で、クァク元首席に無罪を言い渡した。裁判所は「クァク元首席が息子を代理人として前面に立て、賄賂を受け取ったと疑われる事情もある」とする一方、「結婚して独立した生計を立てていたクァク元首席の息子が火天大有から受け取った利益を、クァク元首席が受け取ったのと同じだという主張は、合理的疑いの余地がなく証明されていない」と判断した。息子と父親でさえ経済共同体として認められるのは容易ではない。
検察は当初、娘婿が受け取った賃金を「第三者供賄」とみなした。義父である文元大統領が直接受け取ったわけではないから、そうするしかなかった。だが、第三者供賄は「職務関連性」と「見返り性」だけを立証すれば良い賄賂罪より捜査の難易度が高い。「不正な請託」までさらに立証しなければならないためだ。検察が収賄容疑で起訴したのは逆説的に「中小ベンチャー企業振興公団理事長任命」と文元大統領の娘婿の就職との関連性を立証できなかったことを意味する。娘婿と義父を一つの経済共同体にしたのは、一種の窮余の策であるわけだ。
■老母に「息子は助けなければならないのでは」
このように無理やり起訴しようとしたため、捜査も強引だった。全州(チョンジュ)地検は、文元大統領の元娘婿(2021年離婚)のS氏と娘のムン・ダヘ氏の周辺を徹底的に調べた。「共に民主党」のユン・ゴニョン議員は2024年5月12日、国会で記者会見を開き「政治的報復に目がくらみ、人権蹂躙、強圧捜査、不法捜査を日常的に行う検察は直ちにこれを中断せよ」と非難した。
全州地検はS氏の周辺を集中的に調べあげた。S氏の2人の義兄(姉の夫)を参考人として取り調べるとして出頭を要請した。さらにS氏と一緒に仕事をした「建築現場の責任者」まで取り調べようとした。彼らがS氏のタイ・イースター航空の就職過程について詳しく知っているはずがなかった。検察が狙った弱点は、S氏の70歳になる実母だった。検察は母親が経営する銭湯まで訪ね「姻戚(文元大統領)をかばおうとするなら大変なことになる」、「息子は助けなければならないのではないか」など、あらゆる脅しじみた話をした。検事と捜査官は2024年3月19日から10日間、S氏の母親に合計19回にわたり電話をかけ、携帯メールを送った。ほとんどストーカー行為だった。
ムン・ダヘ氏の口座に登場する人たちも検察のターゲットになった。数百万ウォン相当の金融取引をしたという理由で住居の家宅捜索を受け、さらには出国が禁止された。当時、大統領府秘書室と警護処で働いた人たちは、当然家宅捜索と口座追跡の対象になった。検察の強制捜査対象は数十人に達した。
■最大野党代表を起訴した検事を全州地検長に送った理由
全州地検が最初からそうだったわけではない。2021年12月に市民団体の告発により始まった捜査は、文在寅政権を経て尹錫悦政権初期まで、実際には手つかずの状態にあった。検察のキャビネットにしまわれていた捜査が日の目を見るようになったのは、2023年9月、尹前大統領の最側近と呼ばれるイ・チャンス検事が全州地検長に赴任してからだ。
イ・チャンス検事は全州に行く直前、城南支庁長を務め、イ・ジェミョン氏(当時「共に民主党」代表)の城南FC後援金捜査を指揮した。文在寅政権末期に警察が一度嫌疑なしで処理したが、告発人(正しい未来党)の異議申し立てで再捜査に着手し、検察に起訴意見で送致した事件だ。尹錫悦政権が発足すると、警察も態度を一変させた。城南支庁は2023年3月、イ代表を第三者供賄の疑いで在宅起訴した。イ代表が城南市長を務めていた頃に、城南FCのオーナーとして2014年10月から2016年9月まで、斗山建設やネイバーなどから133億ウォンの後援金を受け取ったことを収賄とみなしたのだ。企業に事業上の便宜を提供する見返りとして受け取った後援金であるため不正な請託だ、というのが検察の主張だった。イ検事はイ・ジェミョン代表を起訴した後、検事長に昇進し、文元大統領の元娘婿事件がある全州地検長に任命された。この人事は、「尹錫悦大統領とハン・ドンフン法務部長官」によるものだった。
この頃、尹錫悦政権は同時多発的に起こった事件で、政権発足から1年で危機を迎えていた。2023年7月初めに「(尹大統領夫人の)キム・ゴンヒ一家の楊平高速道路特恵」疑惑が浮上し、7月19日には「海兵隊C上等兵殉職事件」が、8月には全羅北道扶安ジャンボリー行事のずさんな運営で世論の集中砲火を受けていた。特にC上等兵事件は、尹大統領自ら介入しており、捜査さえきちんと進めば政権に大きな打撃を与える時限爆弾だった。
イ・チャンス全州地検長は赴任と同時に、タイ・イースター航空関連者をはじめとし強制捜査に着手した。2023年11月からは中小ベンチャー企業部を強制捜査し、ホン・ジョンハク前長官に出頭を要請するなど、文在寅政権の関係者たちに本格的に照準を合わせた。2024年1月には元娘婿のS氏に対し3回にわたって参考人調査を行った。周辺捜査を終えた検察は、6月から文元大統領を狙い始めた。文元大統領夫妻の口座を追跡し、ムン・ダヘ氏の自宅を家宅捜索した。
■全州地検「無駄なく、徹底的な捜査」と自ら評する
イ・チャンス地検長がスタートした捜査は、2024年5月にもう一人の「親尹」検事であるパク・ヨンジン全州地検長がバトンを継いだ。パク地検長は最高検察庁刑事1課長時代、イ・ソンユン当時ソウル中央地検長(現「共に民主党」議員)が指揮した「検察・言論癒着事件」(チャンネルA事件)捜査について、「ハン・ドンフンを起訴する目的で無理な法理を適用している」という趣旨の報告書を尹錫悦検察総長に提出した。尹総長はこの報告書を根拠に、ソウル中央地検の捜査を執拗に妨害した。
検察はS氏とムン・ダヘ氏に対し、文元大統領を起訴する直前まで参考人として取り調べを続けた。ここには狙いがある。家宅捜索令状のコピーは被疑者だけに渡し、参考人には渡さない。参考人には当日、現場で令状を見ることだけが許される。突然家宅捜索を受ける中、令状をじっくりと確認することは事実上不可能だ。弁護士が現場にいても同じだ。検察がむやみに押収を行っているかどうかを確認するだけでも手に余る。結局、参考人の状態では、自分が何の容疑で捜査対象になったのか、きちんと把握することは難しい。
S氏は2025年4月4日、尹錫悦氏が憲法裁判所の全員一致決定で大統領職から罷免された直後、参考人から被疑者になった。文元大統領が起訴される約2週間前だった。参考人から被疑者に切り替えるには、新しい証拠が出るなどの事情変更がなければならない。検察はS氏が被疑者となってからは一度も取り調べを行っていない。これは文元大統領を「収賄犯」として裁判にかけることが捜査の目的だったことを裏付けている。全州地検は報道資料で「告発の事実を中心に適法手続きを遵守し、無駄なく、徹底的に捜査した」と自ら評した。
■「非難は私が受ける」イ地検長、キム・ゴンヒ女史の「株価操作」には嫌疑なし
イ・ジェミョン候補と文在寅元大統領を法廷に立たせた功労で、ソウル中央地検長に栄転したイ・チャンス地検長は、2024年10月「ドイツモーターズ株価操作」と「ブランドバック受け取り」事件にかかわった尹前大統領夫人のキム・ゴンヒ女史に対し、嫌疑なしの判断を下した。イ・ウォンソク検察総長(当時)の「出頭させて調べるのが原則」という指示に反し、検察が出向いて「出張聴取」を行った末に下した決定だった。イ・チャンス地検長はイ・ウォンソク検察総長の叱責に対し、「総長は価値を守ってください。非難は私が受けます」と述べた。最近になってソウル高等検察庁は、キム・ゴンヒ女史の株価操作疑惑に対する再捜査を決定した。イ・チャンス地検長が払わなければならない代償は、非難だけでは終わりそうにない。