クァク・チョングン前陸軍特殊戦司令官は尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の弾劾審判で、非常戒厳当日に尹大統領とキム・ヨンヒョン前国防部長官が電話をかけてきて、兵力の追加動員を要求し、国会の戒厳解除要求案の議決を阻止するよう指示したと証言した。尹大統領側は、これまで放送や国会証言などを通じて非常戒厳の状況を詳細に明らかにしたクァク前司令官の表現に変化があったとして攻撃したが、クァク前司令官は尹大統領が「国会で議員を引きずり出せと指示したのは事実」という点を明確にした。「国会議員ではなく要員を引きずり出せと言った」というキム前長官の先日の主張に対する反論だった。
クァク前司令官はまた、キム前長官が非常戒厳当日の午後11時50分頃に電話をかけてきて「早く707(特殊任務団)をさらに投入しろと追加投入を指示した」と述べた。クァク前司令官は「12月4日0時20分から0時57分頃、キム前長官から『国会議員が150人にならないように阻止しろ。早く議事堂に行って国会議員たちを連れて来い』と指示されたことに間違いないか」という国会代理人団の質問にも「はい」と答えた。
同日の弁論では、クァク前司令官が供述した尹大統領の発言がだんだん激しい表現に変わっていった点も争点になった。尹大統領代理人団が「検察と国会などでの供述が変わった」と指摘すると、チョン・ヒョンシク裁判官も、尹大統領が正確に何と言ったのかを繰り返し尋ねた。これに対しクァク前司令官は、尹大統領の正確な指示は「まだ議決定足数に達していないようだ。早く国会のドアを壊して中にいる人員を引きずり出せ」だったと証言した。クァク前司令官は「33年間軍に務めてきた身としては、国軍統帥権者である大統領がそのような言葉を使ったからといって、そのまま使うわけにはいかないと思った」と説明した。さらに「柔らかい言葉に変えて証言した。(ドアを)『壊して』を『開いて』に、『引きずり出して』を『連れて』にした」とし、「正確に言わないと歪曲して『言い方が変わった』と指摘されるため、真実を語らなければと思い、(その後は尹大統領が言った通り)そのまま証言した」と説明した。
また、国会側の代理人団が「尹大統領が証人に連れて来いと言った人たちは国会議員で間違いないですか」と尋ねると、クァク前司令官は「間違いなくそうだ」と答えた。さらに「(尹大統領の言った)議決定足数の問題、当時本館の中には作戦要員がいなかったため、中の人員を引きずり出せという部分は当然議員のことだと考えた」と説明した。
検察が控訴状に摘示した「まだ国会内で議決定足数に達していないようなので、早く国会の中に入って議事堂内にいる人々を連れて来い」、「ドアを壊してでも中に入って、全員引きずり出せ」、「大統領の指示だ」という内容は、特殊戦司令部の指揮官たちにリアルタイムで伝わった内容だという。非常戒厳当日、クァク前司令官は隷下の指揮官らとオンライン会議を行っていたが、マイクがオンになっていたため、尹大統領が電話をかけて指示した内容を会議の出席者らが聞くことになったという。クァク前司令官は、「戦闘統制室で、(オンライン会議が)始まった時からマイクがオンになっていたが、オフにしなかったと思う。様々な状況が混在している。私が話すこと、長官が指示すること、大統領の指示を受けて話すことが、命令を始める時から終わる時まで、隷下全員にリアルタイムでそのまま流れた」と説明した。
同日、証人として出席したキム・ヒョンテ707特殊任務団長も、非常戒厳当時、国会議員を引きずり出せというクァク前司令官の指示を他の部隊員から聞いたと述べた。キム・ヒョンドゥ裁判官は、キム団長の検察調書をもとに「クァク・チョングン司令官がオンライン会議の途中でマイクをつけて指示をしたが、その中で『国会議員を引きずり出せ』と指示する内容を隷下部隊員が聞いたという。そしてその話を証人が聞いたと検察で供述したが、間違いないか」と尋ねると、キム団長は「そのように陳述したのなら、それで間違いない」と答えた。ただし、キム団長はこれに先立ち、「(クァク前司令官から)『国会議員を引きずり出せと言われたが、できるか』と指示された」という昨年の記者会見の内容は、「『150人を超えてはいけないというが、(議事堂内に)入れないか』という言い方だった」と供述を変えた。キム団長はクァク前司令官から「国会の電気遮断も指示された」と述べた。これについてクァク前司令官は、「(電気遮断は)キム・ヨンヒョン長官や大統領が使った言葉ではなく、(国会封鎖の)方法を探しているうちに、議論の過程で伝播された」と説明した。
証人尋問の過程では、当時特戦司令部が国会に投入された過程も公開された。クァク前司令官がキム前長官から任務を与えられたのは、非常戒厳2日前の昨年12月1日だった。その後、クァク前司令官は非常戒厳当日、第1空輸旅団には国会、第3空輸旅団には中央選挙管理委員会果川(クァチョン)庁舎と水原(スウォン)選挙研修院、第9空輸旅団には選管委冠岳(クァナク)事務所と『世論調査コッ』に出動せよと指示した。また「個人火器は小銃だけを携帯し、拳銃は携帯しない、弾薬は地域大隊長が統合保管し、個人には支給しない。個人は空砲弾、テイザーガン、ケーブルタイなどを携帯する」などの指示を下したと述べた。
クァク前司令官はこれと関連し、「実弾を使用する目的はなかったが、万が一の場合に備えたのか」という国会側代理人団の質問に対し、「そうではない。最初から装備、物資、弾薬は基本セットで持っていくもの」だとし、「有事の際に備えて用意したわけではない」と説明した。
クァク前司令官はこの日、非常戒厳当時、特戦司令部の投入に対しては「上官の指示により投入しており、当時は適合性の有無について判断する余裕がなかったが、投入されたこと自体は誤りだと考えている」とし、(軍の)国会進入の違法性を一部認めた。