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「共産全体主義」のお家芸の軍事パレードが韓国の光化門に登場

登録:2023-09-27 19:42 修正:2023-09-28 00:07
政治BAR_クォン・ヒョクチョルの見えない安全保障
「国軍の日」記念の軍事パレードが行われた26日、ソウル光化門広場の観覧舞台で、尹錫悦大統領がパレードを見守っている=大統領室通信写真記者団//ハンギョレ新聞社

 26日、「国軍の日」75周年を控え、10年ぶりにソウルの都心で軍将兵と装備によるパレードが行われた。「北朝鮮に向けた武力示威」が行われたのだ。

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は同日、「北朝鮮が核を使用した場合、韓米同盟の圧倒的な対応を通じて、北朝鮮政権を終息させる」と述べた。相手が核を使用した場合、大量反撃・報復をするという意志を示すことで、核戦争そのものの防止に焦点を当てた「懲罰的抑止」だ。

クォン・ヒョクチョルの見えない安全保障//ハンギョレ新聞社

 懲罰的抑止に重点を置いた場合、北朝鮮の挑発を予防する効果は大きいが、それにもかかわらず挑発してきた場合は、初期に全面的な戦争拡大につながる可能性が高い。北朝鮮の状況ではひとまず武力衝突が勃発すれば、大量報復を受けることが確実なので、戦争拡大を避ける理由がないからだ。むしろ序盤から全面的な核攻撃を行った方が有利と判断する可能性が高い。

 ロイター通信は同日、「韓国が珍しく軍事パレードを行い、核兵器で脅しをかけている北朝鮮に警告した」として、軍事パレードの内容を紹介した。

 第二次世界大戦後、ソ連や中国、東欧、北朝鮮など社会主義圏、開発途上国、全体主義国家などが大規模な軍事パレードを頻繁に行ったことで、軍隊によるパレードは「立ち遅れ」、「好戦的」、「全体主義」のイメージが強くなった。民主国家の中では、フランス軍が革命記念日に大規模なパレードを行うが、ほとんどの国では戦没者のための記念行事として行われる。

北朝鮮の建軍節(人民軍創建日)75周年の2月8日、平壌の金日成広場で軍事パレードの参加者が膝を曲げない「グースステップ(ガチョウ歩き)で行進する場面/朝鮮中央通信・聯合ニュース

 大規模な軍事パレードを始めたのは旧ソ連だ。第二次世界大戦中だった1941年11月7日、ナチス・ドイツ軍がモスクワから30キロ付近まで進撃してきた。モスクワ市内でもドイツ軍の大砲の音が聞こえたという。ソ連の運命が風前の灯だった同日、モスクワの「赤の広場」で、ロシア革命24周年を記念する華やかな大規模軍事パレードが行われた。当時ソ連の最高指導者だったヨシフ・スターリンは、ラジオ放送で全国に生中継された演説を通じて、モスクワに残って首都を死守する意志を明らかにした。当時、赤の広場の軍事パレードは支離滅裂だったソ連の決死抗戦の意志を対内外に誇示した。華やかなパレードを終えたソ連軍がモスクワ郊外の戦線に向かう姿は、市民たちを大きく勇気づけた。その後、ソ連はモスクワの死守に成功し、大々的な反撃に乗り出した。このパレードはドイツとソ連の戦争でソ連の勝利のきっかけとなった。

 2018年2月、ドナルド・トランプ当時米大統領が首都ワシントンで大規模な軍事パレードの開催を国防部に指示すると、共和党と民主党にかかわらず、議員たちが強く反発した。共和党のジョン・ケネディ上院議員は「自信は沈黙によって表現される。米国は人類史上最も強力な国家であり、それをわざわざ誇示する必要はない」と批判した。民主党のシェルドン・ホワイトハウス上院議員は「トランプは北朝鮮のテレビを見すぎたようだ」と皮肉った。

 当時のワシントン・ポスト紙は「歴代米大統領たちが軍事パレードを開催しなかったのは、北朝鮮がミサイルを自慢したり、旧ソ連が赤の広場で行ってきた大規模な軍行事を想起させるため」だと指摘した。米国は1991年の湾岸戦争の勝利を記念して以来、軍事パレードを行っていない。

 このような反対にもかかわらず、トランプ大統領は2019年7月4日、ワシントンで独立記念日の祝賀行事で、「『米国に敬礼』のための軍事パレード」を行った。米国のマスコミは、この行事が軍に対する文民統制の精神を損ね、軍を政治に利用したものだと批判した。トランプ大統領が自分の支持者の結集に向けた政治的支持台として軍を活用したことで、米国の伝統的な軍に対する文民統制の精神を傷つけたということだ。

 韓国は軍事独裁時代の1970年代までは、毎年10月の国軍の日にはソウル汝矣島(ヨイド)で大規模な軍事パレードを開催し、都心まで行進を続けた。ソウルの都心におけるパレードは市民に不便をかけるとの理由で、1980年代の全斗煥(チョン・ドゥファン)政権時代に3年に1回となり、1990年代の金泳三(キム・ヨンサム)政権以後、5年に1回へとさらに減った。

2月8日夜、平壌の金日成広場で開かれた北朝鮮軍創建75周年記念の軍事パレードに大陸間弾道弾ミサイル「火星17」型が10基以上登場した/朝鮮中央通信・聯合ニュース

 時間の経過とともにパレードを減らした韓国とは異なり、北朝鮮はむしろ軍事パレードを頻繁に行っている。北朝鮮の経済状況が厳しいほど、国外に強い軍事力を誇り、内部的には体制が揺れないように人民を引き付けておくのが狙いだ。

 華やかな照明を動員した北朝鮮の深夜の軍事パレードは非常に刺激的だ。平壌(ピョンヤン)の金日成(キム・イルソン)広場を埋め尽くした数万人の兵力が、膝を曲げず軍靴を高く持ち上げて行進(グースステップ:ガチョウ歩き)する場面は、見る人に威圧感を与える。このような大規模なパレ―ドは「共産全体主義」を思い出させる。

 北朝鮮は1948年から1994年まで、金日成主席が政権を握っていた46年間、13回に及ぶ軍事パレードを行った。1960年代以降、朝鮮戦争による被害の復旧を終え、政治・経済分野で安定期に入ると、1960年代と70年代には軍事パレードを減らした。しかし、1990年代に入って北朝鮮の状況が厳しくなると、大規模な軍事パレードが再び登場した。1994年から2011年まで金正日(キム・ジョンイル)総書記が政権を握っていた17年間、13回もの軍事パレードが行われた。北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)労働党総書記兼国務委員長の在任期間12年の間、軍事パレードが行われたのは計15回だ。

クォン・ヒョクチョル記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/1110346.html韓国語原文入力:2023-09-27 17:13
訳H.J