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[このひと] 30年前 光州 痛み,写真にもにじみ出る

原文入力:2010-03-08午後07:02:00(1557字)
‘5・18写真集’出版するドイツ人 マティアス ライ

アン・クァノク記者

←ドイツ人写真作家 マティアス ライ(45)

"光州は西欧世界に忘れられています。中国の天安門事態やカンボジアの民間人虐殺は人権現場で西欧メディアにしばしば登場するが、5・18民衆抗争は全く注目されずにいます。"

7日午後6時30分、光州市西区,光川洞の天主教光川聖堂前の路地。ドイツ人写真作家マティアス ライ(45・写真)が30年前5・18の主役だった故ユン・サンウォン(抗争指導部スポークスマン)と故キム・ヨンチョル(″企画室長)が暮らした3階建て光川市民アパート建物にレンズを向けた。彼は大きなカバンの中から4×6インチ白黒フィルムを使う大型クラシック カメラを取り出し、三脚に固定した。彼は写真1枚に4分ずつ露出して‘野火夜学’があった光川聖堂と光川市民アパートの風景6枚を撮った。夕方、光が消え路地の街灯がつき始める瞬間だった。

韓国人の妻に所以を聞いて関心
旧全南道庁・被害者遺族 撮影

"写真は万国共通言語だ。30年前の現場と人を訪ねて行き緊迫しすさまじかった状況を入れた。午後4時以後の光州の冬の日差しはやわらかく、ほのかで憂鬱な雰囲気を完ぺきに演出することができる。"

ドイツ,バイエルン出身の彼は1987年に日本,大阪の友人から‘1980年光州の悲劇’を聞いたが、内容を正しく知ることができず聞き流していた。以後91年から大阪に定着し写真で広告企画とフリーランサー活動をして<Die Zeit> <シュピーゲル> <ファクト> <ウォールストリート ジャーナル>等の新聞,雑誌に寄稿してきた。そうするうちに2年前に韓国人キム・ジョンヒ氏と結婚し、5・18の真相を伝え聞き人権と民主の現場に自然に惹かれるようになった。

"5・18と関連した資料数十冊を読み雰囲気を繊細に伝えられるフォーマット クラシック カメラを学んだ。ちょうど30周年と重なり<光州を忘れない>(Remembering Gwangju)作業は順調に進んでいる。"

彼は昨年10月10日~11月3日,今年2月21日~3月9日に光州を訪ね、旧全南道庁,保安司光州分室,国軍光州病院,光州カトリックセンターなどの史跡地30ヶ所余りを撮影した。当時の被害者遺族と負傷者など40人余りに会い、その日の苦痛と以後の風霜も撮った。故ミョン・ノグン全南大教授の夫人アン・ソンレ氏など5月の母の会,市民軍スポークスマン ユン・サンウォン烈士の父親ユン・ソクトン氏,5・18の証言者だったチョ・ビオ,キム・ソンニョン神父,緑豆書店のキム・サンユン,チョン・ヒョンエ,キム・サンユン一家などが進んでカメラの前に立った。彼はこのようにして撮った写真300枚余りを日本に行き焼き付けた後、5月にハングルと英文で写真集<光州を忘れない>を出版する。続けて世界の人々に5・18を知らせることのできるウェブサイトも開く予定だ。

"人物は場所より難しかった。初めからカメラを持ち出せば拒否感が起きるでしょう。人物を定めたら最初はただ訪ねて行き親しくなろうと努めました。話を聞いて涙もたくさん流したんですよ。それ後でカメラを持って行けば緊張しながらも喜んでくれました。そのために作業は長くかかったけど、痛みの理由をより多く知れましたね。" 光州/文・写真 アン・クァノク記者 okahn@hani.co.kr

原文: https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/408778.html 訳J.S