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今朝も銃声「朝鮮半島の火薬庫」北方限界線…南北の「線」が異なる

登録:2022-10-25 06:00 修正:2022-10-25 07:21
1999~2002年の第1・2次延坪海戦、2009年の大青海戦、2010年の延坪島砲撃戦
南北漁船が入れない海で五星紅旗を掲げた中国漁船が北方限界線に沿って操業している=ハンギョレ資料写真//ハンギョレ新聞社

 24日未明、北朝鮮の商船が西海(ソヘ)の北方限界線(NLL)を越えて警告射撃を交わした事件を機に、南北が主張する西海の海上境界線が再び注目を集めている。同日、韓国合同参謀本部(合参)と北朝鮮の朝鮮人民軍総参謀部は、約束でもしたかのように相手側が北方限界線(海上軍事境界線)を侵犯して先に挑発し、対応措置として警告射撃を行ったと主張した。

 南北は西海の海上境界線に対する考えが全く違う。1953年7月27日に締結された朝鮮戦争停戦協定は、陸上地域の軍事境界線(休戦ライン)に合意しただけで、海上境界線は確定することができなかった。

 同年8月30日、国連軍司令官は海上で偶発的な武力衝突の可能性を防止するため、西海5島(白ニョン島、大青島、小青島、延坪島、牛島)と北側地域の中間線を基準に、NLLを一方的に設定した。その後、韓国は西海NLLを「南北間の実質的な海上境界線として、NLL以南水域は大韓民国の管轄水域」と規定している。特に保守側はNLLを「血と死で守った領土線」と見なしている。

 一方、北朝鮮はNLLを海上境界線として認めていない。

 北朝鮮が本格的にNLLを問題視し始めたのは、1999年6月の第1次延坪(ヨンピョン)海戦の後からだ。北朝鮮は同年9月2日、人民軍総参謀部の「特別報道」を通じて一方的に西海の海上軍事境界線を宣布した。北朝鮮が主張する海上軍事境界線によると、延坪島南側海域の大部分は北朝鮮領海に編入され、西海5島も北朝鮮領海内に入る。北朝鮮の海上軍事境界線は、韓国の北方限界線よりはるかに南側に位置しており、事実上西海北方限界線を無力化する。

 北朝鮮は2006年5月の第4回将官級会談の際、北朝鮮の12海里領海線とNLLの中間地点に新しい海上軍事境界線を策定することを提案した。しかし、韓国はNLLが無力化することを懸念し、これを受け入れなかった。南北は2007年10月、南北首脳会談を機に西海平和協力地帯を構築し、この問題を付随的に取り上げるという大きな原則に合意した。

 しかし、2008年の李明博(イ・ミョンバク)政権発足後、西海平和協力地帯の議論は死文化した。韓国は「NLL死守」と「挑発への報復」態勢に戻った。2018年当時、文在寅(ムン・ジェイン)大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長が9・19南北軍事合意を通じて再び西海北方限界線一帯を平和水域にし、偶発的な軍事衝突を防止することで合意した。

 南北の海軍が対峙する西海NLL地域は「朝鮮半島の火薬庫」と呼ばれる。NLL近隣水域では1999年6月と2002年6月の2度の延坪海戦、2009年11月の大青(テチョン)海戦、2010年11月の延坪島砲撃戦が繰り広げられたためだ。

クォン・ヒョクチョル記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/1063997.html 韓国語原文入:2022-10-25 02:46
訳H.J

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