「サムスン電子のイ・ジェヨン副会長は、朴槿恵(パク・クネ)前大統領に経営権継承の手助けを期待し、黙示的な請託と賄賂を渡した」という最高裁(大法院)の判断が出た日、キム・イス元憲法裁判官が講演に出て「弾劾審判の裏話」を語った。キム元裁判官は2017年3月、満場一致で朴前大統領罷免の判決を下した8人の憲法裁判官のうちの一人で、憲法裁判所の決定当時、「ミル・Kスポーツ財団は朴槿恵前大統領の退任に備えたものだと思った」と話した。
29日夕方、ソウル鍾路区(チョンノグ)の参与連帯アルムドゥリホールで、市民約80人が集まったなか、キム元裁判官の特別講演が開かれた。参与連帯の判決批評集『現在の判決、判決の現在』出版を記念する場だった。
キム元裁判官は「弾劾審判の最初から、この事件が非常に深刻な憲法違反だということには裁判官たちの誰も異議を提起しなかった」とし、「国家の危機状態を長い間放置しておくのは妥当ではないと判断し、裁判官全体が(2017年3月の)イ・ジョンミ憲法裁所長権限代行の退任前に決着をつけなければならないと考えた」と話した。
この日、キム元裁判官は「公務員の任免権乱用」と「セウォル号惨事の生命権保護義務と誠実な職責遂行義務違反」などを弾劾事由として認めなかった理由も説明した。キム元裁判官は「文化体育観光部の公務員がクビになり、このような部分は実はあまり資料がなかった。特検の資料はなく検察の資料だけがあったが、3月に判決しなければならないため、特検の資料を待つには時間がなかった」とし、「そのようなものが足りず、文化体育観光部の公務員の部分は棄却となった」と話した。さらに、キム元裁判官は「憲法裁の弾劾決定文にはミル・Kスポーツ財団がチェ・スンシルのためのものと書かれているが、これは私が見るには朴前大統領の退任後のためのものだった」と付け加えた。当時憲法裁は、決定文に「被請求人(朴前大統領)はミル・Kスポーツ財団の設立、プレイグラウンドとダブルKおよびKDコーポレーションの支援のようなチェ・ソウォン(チェ・スンシル)の私益追求に関与して支援した」とした。
セウォル号惨事を弾劾事由として認めなかったことについては、キム元裁判官は「朴前大統領が執務室に出て勤務をしていたら状況把握がもっと早かったはずであり、強く指示したならば下でも一生懸命救助しただろうと見た。しかし、この程度では意識的に執務を放棄したとは見がたく、何かはしたものの芳しくなかったと見なした」とし、「弾劾事由とは見なせないが、大統領の過ちは指摘するのが正しいとし、補充意見の形で出すことになった」と話した。
「ミスター少数意見」というあだ名で呼ばれたキム元裁判官は、これまで憲法裁で自分が出した少数意見に対する所信も改めて明らかにした。キム元裁判官は約180ページにのぼる自分の少数意見の一部を読み上げ、「多数決を基本とする民主主義の意思決定構造で、少数者たちの声に耳を傾けることは、寛容と多元性を基本とする民主主義の真の精神を実現すること」だと強調した。キム元裁判官は2014年12月に憲法裁の統合進歩党解散決定当時、唯一反対意見を出した。
最後にキム元裁判官は、少数意見の意味について「判事には固まっている判例に挑戦できる機会を、市民にはひとつのインスピレーションを与える願い」だとし、「今すぐに効力を発揮はしないが、いつかは多数意見になりうる機会を与えるもの」と語った。