毎年夏になると、あどけない顔の一人暮らしの子どもたちがソウル江南区大峙洞(テチドン)の進学塾街を徘徊する。国外に早期留学に出て、夏休みの特講を聴くために一時的に韓国に帰ってきた生徒たちだ。こうした生徒たちを大峙洞では「リターニー」または「一時帰国生」と呼ぶ。彼らの最終進学目標は国外の大学ではなく、韓国の大学の在外国民選考だ。国外滞在3年以上なら資格が生じるこの選考では、SAT(米国の大学入学資格試験)の点数が当落を左右する。彼らのための短期速成課程ができたのは2010年ごろだと進学塾街では言われている。
ハンギョレは過去2カ月間、リターニーたちと直接会い、日常を追った。家庭の情況によって、ある中学生は考試院(主に受験者が利用した簡易宿所)で、ある小学生はホテルで生活する。コンビニで一人で食事を済ませ、電灯の灯っていない一人暮らしの部屋に帰宅する子どもたちの姿は、ここではありふれた風景だ。変質した入試制度と違法な私教育市場、親の欲望という「トライアングル」が、リターニーを量産するエンジンという事実を確認することができた。3回にわたってその実態を暴く。
「夏休みになれば世界中から集まってきます。アルゼンチンからアイスランドまで。小学生も来ますよ」
6月、ソウル江南区(カンナムグ)大峙洞(テチドン)で会ったある寄宿舎の室長のA氏はこう言って手帳を開いた。「入舎待機者リスト」という題の下には、世界各国の国際学校の生徒の名前と電話番号がぎっしりと書かれていた。A氏は「最初は親が子どもを安い考試院に送りこんでいた。ところがエアコンもついていないし防音もないので、子どもたちが1、2カ月暮らすとうんざりする」とし、「それからはお金を少々出しても寄宿舎に送ったり、ホテルに長期宿泊させている」と説明した。この寄宿舎の家賃は120万ウォン(約11万円)だが、周辺のワンルームマンションに比べれば安いほうだという。室長は「入舎競争率は30~40対1の水準」だと話した。
毎年リターニーは5千人以上
私教育業界は、毎年夏、少なくとも5千人のリターニーが大峙洞を中心とした江南の進学塾街を訪れると推定している。奇しくも国内の大学の在外国民・外国人選考募集人員も約5千人ほどだ。大峙洞のある塾の院長は、「『私教育ばかりは韓国が最高だ』という信頼から、たった8週間の特講を聴くために海を越えてくる。宣陵(ソンルン)駅付近の塾だけで2千~3千人の生徒が来る」と話した。外国に出た早期留学生たちが夏の間韓国に「再留学」に来る逆説的な現象だ。
リターニー(Returnee・戻ってきた人)という名前には、外国の大学に進学せず国内の大学に戻ってくるという意味も含まれている。夏が始まる前、リターニーたちの最大の関心事は夏休みの間に通うSAT(米国の大学入学資格試験)塾だ。国内の主要大学が在外国民選考でSATの点数を主要評価要素にしているためだ。大峙洞や鴨鴎亭洞(アプクジョンドン)には、彼らを対象にしたSAT専門塾が数多くある。
リターニーたちが大峙洞で過ごす夏は、昨年ヒットしたドラマ「SKYキャッスル」を連想させる。SAT塾の8週間の受講料は900万~1300万ウォン台(80万~120万円台)だ。私立大学の一学期の授業料レベルだが、毎年値上がりする傾向を示している。各塾は「ハーバード・MIT出身の先生が講義する」「この塾では誰でもSATの高得点を取れる」と競って宣伝する。昨年まで子どもをSAT塾に行かせていたある親は、「先生のスペックを見ていると、まるで外国の名門私立学校が大峙洞に移ってきたかのような錯覚さえ覚えた」と語った。
大峙洞バージョンの”地屋考(チオクコ)”
塾の外では異質な風景が広がる。企業や政府機関の国外駐在員の子どもたちであるリターニーは、韓国に親はいず、自宅がない。そのためほとんどが大峙洞の近くで2カ月間住むところを得る。考試院やホテル、寮、下宿に至るまで、リターニーの宿泊先は家庭の状況によって千差万別だ。
特に、少なからぬ生徒たちが半地下の賃貸や考試院のような劣悪な住居環境に追い込まれる。不動産業の者はこれを大峙洞のバージョンの「チオクコ(地屋考)」(地下部屋、屋上部屋、考試院の頭文字)と呼ぶ。ただでさえ高いこの地域の不動産の相場は、夏休み特需を迎え倍以上に跳ね上がる。ワンルームマンションの家賃は100万ウォン台(約10万円台)から始まり、ややきれいなところは200万ウォン以上になりもする。大峙洞のある不動産公認仲介士は「短期契約という理由で従来の相場より2~3倍も割高にしているが、それですらも競争が激化して空室がほぼない」と話した。
夏に大峙洞で家賃が50万ウォン以下のところは「レジデンス」だけだ。ここでいうレジデンスとは、普通思い浮かべるホテル式の宿泊施設ではない。古くて狭い廊下を挟んで3坪の部屋が向かい合っているレジデンスの内部の風景は、間違いなく考試院だ。区役所にも考試院として届けられている。レジデンスを経営するB氏は「母親が子どもを『考試院』に入れると言えばどうしても拒否感があるため、ふつう名前をこうしている」と説明した。
半地下の部屋や下宿を利用する生徒もいる。中学生時代に半地下の借家に住んでいたある生徒は、「暗い部屋に一人で帰るのが嫌で、夜遅くまでコンビニやネットカフェで過ごしていた。部屋からクモやムカデも出てきた」と語った。
起床ラッパが鳴り響く“軍隊式”寄宿舎
リターニーが考試院より避けたがるところがある。それが寄宿舎だ。大峙洞の寄宿舎は早朝から就寝まで生徒たちの24時間を統制する。「軍隊と変わらない」という声も聞こえる。
C寄宿舎は朝6時30分に各部屋のスピーカーを通じて軍隊の起床ラッパの音を放送する。ここではこれを「朝の点呼」と呼ぶ。いちいち人数を点検するわけではないが、この時から生徒たちの時間は10分単位で管理される。6時40分には朝食の案内放送が、50分には国民体操放送が響き渡る。7時40分までにはみんな朝食を食べ終えなければならない。ご飯を食べに出てこないと室長が自ら部屋に訪ねてくる。
時間管理は就寝まで続く。玄関で出入カードをタッチすると、両親に携帯メッセージが送られる。一日でも塾に遅刻したり帰宅が遅れれば、親がすぐに分かる仕組みだ。夜11時からは出入りが統制され、ワイファイも停止される。11時30分、静かな音楽が就寝時刻を知らせれば疲れた一日が終わる。時間を問わず、部屋や廊下ではあくびも大きくしてはならない。寄宿舎では、親と電話で話すときも階段でするようにさせる。
このような統制に適応できず出ていくリターニーも少なくない。ここの室長は「ある生徒は一週間でもう無理だと言って出ていった。10人のうち8人はいっそ考試院に行きたいと言う」とした。
3~4星級ホテルで「寄宿舎」立ち上げ
ホテルで長期宿泊するリターニーもいる。一部のSAT塾は、塾生たちに特定のホテルの提携割引特典を提供している。院長が同じホテルで宿泊しながら、夕方の時間の自習を指導したり、個別指導をしたりする。
最初から寄宿舎塾の形態で運営するケースもある。3~4星級ホテルで講師陣と生徒たちが一緒に寝泊りし、塾にも一緒に行き来する方式である。D塾は今回、瑞草洞(ソチョドン)のあるホテルで「夏休み生活管理型キャンプ」を開いた。一週間に約200万ウォンずつ8週の課程で1600万ウォン(約147万円)の高額キャンプだ。朝7時から夜11時まで1日全体が1時間単位で統制されるという点では、寄宿舎と変わりない。プレスリリースには「生徒一人一人に24時間リアルタイムモニタリングする」という文言も登場する。このような寄宿舎キャンプに参加した経験があるというある生徒は、「最初はホテルだから嬉しかったけれど、その後は他のところよりも大変だった。ホテルが監獄のように感じられた」と話した。