軍当局が72年ぶりに初めて「済州4・3事件」について公式的な遺憾を表明する。
国防部関係者は2日、「ソ・ジュソク国防部次官が、(韓米防衛相会談のため)米国を訪問しているチョン・ギョンドゥ国防部長官に代わり、済州4・3事件に対する遺憾を表明すると共に、犠牲者を哀悼する計画だ」と明らかにした。国防部の説明どおりなら、ソ次官は3日または4日、済州(チェジュ)4・3行事が行われる光化門(クァンファムン)広場を訪問し、謝罪の意を表する予定だ。国防部関係者は「(軍当局が4・3事件について)遺憾と謝罪の意を表明するという立場は確定したが、正確な時期と形式についてはまだ悩んでいる」と伝えた。
済州4・3事件は、1947年3月1日の発砲事件を基点に1948年4月3日の騒擾事態を含め、1954年9月21日まで発生した武力衝突と鎮圧過程で、住民が犠牲になった事件だ。済州4・3事件真相究明及び犠牲者名誉回復委員会が確定した犠牲者数は、2018年現在、1万4233人だが、真相調査報告書は4・3当時の人命被害を2万5000~3万人と推定する。しかし、国防部はこれまで同事件を軍と警察が武装蜂起を鎮圧した事件だとし、謝罪や遺憾を表明しなかった。一方、2003年の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領に続き、昨年、文在寅(ムン・ジェイン)大統領までこの事件に対する謝罪と遺憾の意を表し、徹底した真相究明を約束した。今回の国防部レベルの遺憾表明は、軍レベルでも事件に対する立場表明が必要だという点を認めたためと見られる。
文在寅大統領は昨年4月3日、済州市奉蓋洞(ポンゲドン)4・3平和公園で開かれた第70周年4・3犠牲者追悼式典に出席し、「これ以上4・3の真相究明と名誉回復が中断されたり後退することはないだろう」とし、「国家権力が加えた暴力の真相をきちんと明らかにし、亡くなった方々の無念を晴らし、名誉を回復する」と明らかにした。済州4・3事件の真相を究明するための政府レベルの努力は2000年当時、金大中(キム・デジュン)政権が4・3真相究明特別法を制定し、4・3委員会を立ち上げたことから始まった。2003年、盧武鉉大統領は約2年間にわたり行われた真相調査の結果報告を受けた後、済州島民400人の前で4・3事件に対する国家の責任を認め、慰霊祭に出席して、犠牲者や遺族、済州島民に謝罪した。盧大統領は「国政に責任を負う大統領として、過去の国家権力の過ちについて遺族と済州島民の皆さんに心よりお詫び申し上げます」と述べた。