数字というのは実に不思議なものだ。時には小さすぎて何でもないように見え、時には大きすぎて実感が湧かない。
最近、国連環境計画が発表した気候変動報告書「オーバーシュートの抑制」(Limiting Overshoot)に出てくる数字は、前者に当てはまる。報告書は、地球の気温上昇幅を産業革命以前より1.5度以下に抑えるというパリ協定の目標を達成することが、事実上困難になったと認めた。最も楽観的なシナリオでも、今世紀半ばには1.8度まで上昇し、現在の各国の政策に変化がなければ、2.6度まで上昇すると予測した。
1.5度、1.8度、2.6度。
大したことのない数字に、なぜここまで大騒ぎをするのかと思うかもしれない。真夏の気温が40度を超える状況で、0.3度や1.1度など大した問題ではないのではないか、もっと暑くなればエアコンの設定温度を下げれば済むことではないか、と思う人もいるだろう。
ならば、これはどうか。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、地球の平均気温が1.5度上昇すると、サンゴ礁の70〜90%が消失する。2度上昇すれば、99%以上が消失すると予測される。夏場の北極海の氷が完全に消える現象も、地球の気温が1.5度上昇すると100年に約1回起きるが、2度上昇すると、10年に約1回へと増える。地球の気温が2度上昇した場合、2100年の海面水位は、.5度上昇した場合より約10センチ高くなる。では、北極に行かず、サンゴ礁を見ず、海岸から少し離れた場所に住めば大丈夫だろうか。
国連の報告書が発表される1週間前、ネパールと中国の国境付近で山が崩れ落ちた。氷河や岩盤が崩壊し、氷や岩、泥、水が入り混じった巨大な急流が人々を飲み込み、村を襲った。1000人以上が死亡し、数千人が行方不明となった。ネパールの今回の災害復旧費用の推計額は40億〜50億ドル(約61〜77億円)で、ネパールの国内総生産(GDP)の10%に達する。正確な崩壊の原因はまだ明らかになっていないが、急速に溶けつつあるヒマラヤの氷河と気候危機を切り離して考えることはできない。では、氷河のある場所を避ければよいのだろうか。
氷河のない韓国では今年の夏、激しい雨が降り注いだ。慶尚南道の巨済は200年に一度の豪雨に見舞われた。地盤が緩み、土砂崩れが発生して、住民1人が死亡した。私たちが最も安全だと信じている家の中、それも半地下ではないマンションでの出来事だった。これからはどこへ避難すればよいのだろうか。
気候変動による災害が恐ろしいのは、(温室効果ガスの)排出国とそれによる被害国が異なるという点だ。例えば、1750年以降の累積温室効果ガス排出量の割合は、米国(23.5%)、中国(15.4%)、ロシア(6.6%)の順だ。最近、排出の割合が高まっているインドは3.57%だ。ネパールは0.01%に過ぎない。これが、ネパールが今回の惨事について、中国や米国、インドなどの主要排出国に責任を問うと乗り出した理由だ。
韓国の累積排出割合は1.12%で、世界16位だ。中国や米国と比べれば、数字は小さく見えるかもしれない。だが、一人ひとりに換算してみると話は違ってくる。欧州連合(EU)共同研究センター(JRC)の温室効果ガス排出データベース(EDGAR)によると、2024年の韓国の1人当たり温室効果ガス排出量は12.8トン。世界平均の6.6トンの約2倍であり、中国(10.8トン)よりも多い。ネパールは1.3トンで、韓国の10分の1の水準だ。
気候危機の責任を累積排出量で計算すれば、韓国は中国や米国の後ろに隠れることができるかもしれない。開発途上国の排出量の急増を問題視するなら、インドの事例を前面にかかげることもできるかもしれない。ところが、一人当たりの排出量からすると、逃げ場がなくなる。
ネパールの惨事を見ながら、私たちは胸を締め付けられ、被害者を案じる。韓国政府は救助隊を派遣し、毛布などの救援物資を支援している。だが、韓国が救援物資を送ると同時に、地球温暖化に加担してきた国であるという事実については、なかなか語ろうとしない。
気候危機をめぐる難しい問いは、「私には責任がないのか」ということかもしれない。被害の前では手を差し伸べ、責任の前では手をこまねいてはいられない。どこへ逃げようかと考えを巡らせている間にも、地球はますます熱くなっている。逃げるお金も、逃げ場もない人々を崖っぷちに追いやりながら。