「南と北の関係は国と国との関係ではなく、統一を目指す過程で暫定的に形成される特殊関係だということを認め…」
「大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国は国と国との関係であり、統合を目指す特殊関係である」
最初の文は、1991年に締結された南北基本合意書の前文にあるもので、南北関係を「統一を目指す特殊関係」と規定している。2つ目の文は、韓国社会と政界で共感を形成しつつ、朝鮮(北朝鮮)との対話を通じて合意されることを願って筆者が書いたものだ。この2つを比較すると、2つの違いが見つかる。まず、2つ目の文は、公式の国号を使用して南北関係の現状を普遍的な意味での国家間関係と規定していること。次に、2つ目の文は、特殊関係であることを強調しつつも、「統一」ではなく「統合」という表現を使っていることだ。
ここで、普遍性と特殊性という言葉に新たにスポットライトを当てる必要がある。韓国と朝鮮は基本合意書の締結の3カ月前に国連に同時加入している。しかし基本合意書ではこのような「普遍性」を否定し、統一を目指す「特殊性」を強調している。だが、肝心の統一の見通しは今、最も暗くなっている。これは、朝鮮が統一を放棄して「敵対的二国家論」を掲げたから、というのが唯一の理由ではない。基本合意書の締結以降、韓国の対北朝鮮・統一政策は政権によってその振り幅があまりにも大きく、統一に対する否定的な認識も年々強まっている。基本合意書と車の両輪を成したものこそ、まさに朝鮮半島非核化共同宣言だが、朝鮮は事実上、核保有国となっている。南北対話と交流協力も「ゼロ」状態に陥って久しい。その間に韓国は朝鮮を除くすべての国連加盟国と国交を結び、朝鮮も157カ国と外交関係を樹立している。南北関係の特殊性は消え去り、韓国と朝鮮はそれぞれ普遍性を追求してきたわけだ。
このように、基本合意書と非核化共同宣言を両輪とした「1991年体制」は終焉(しゅうえん)を迎えたと言っても過言ではない。それでも私は、核問題の解決をあきらめてはならないと、軍縮を経て非核兵器地帯(非核地帯)を長期的かつ究極的な解決策とすべきだと主張してきた。そして、南北関係を「国と国との関係であり、統合を目指す特殊関係」にしていこうと提案したい。これには、すでに存在する普遍性を認めつつ、消え去った特殊性をよみがえらせようという趣旨が込められている。
また「統一」ではなく「統合」と表現したのには、2つの意味がある。1つは、硬直性から柔軟性への転換だ。向こうが統一したくないと言っているのに、こちらがやたらと統一を主張すると、南北関係の敵対性を解決することは難しくなる。さらに重要な問題は韓国の内部にある。南北関係の未来は多様に設計しうるが、肝心の「統一」が想像力と柔軟性を制限しているということだ。これに対して統合は、韓国と朝鮮との国交樹立と社会、文化、経済の交流協力からはじまって、経済統合を経て欧州連合式の国家連合、究極的には統一をも含む概念だ。これはもう一つの趣旨へとつながる。統合という器には統一も盛りつけることができるため、憲法の精神にも合致するということだ。
私は、このような方向へと南北関係を再設定して進んでいくことこそ、実用的で未来志向的であり、地政学的激変の時代に韓国の戦略的自律性を高めてくれると考える。実用的であることは別の選択肢と比較すれば分かる。「統一を目指す特殊関係」にこだわると、行き詰まった南北関係の解決が難しいため、韓国の利益とビジョンに反する。かといって、朝鮮のように統一を放棄して2つの国であることを公式化することもできない。憲法を改正しない限り違憲論争を引き起こし、途方もない内部対立を伴うであろうからだ。これに対して筆者の提案は、朝鮮には受け入れられやすく、国内では共感を得られやすい方策になり得る。
未来志向的である理由も、このような主張の延長線上にある。まず、南北対話を再開するうえで有用な選択になりうる。「国として尊重し合いつつ、友好的で平和的な南北関係を設計しよう」というメッセージは、朝鮮の対南路線に再考の余地を与えるからだ。これと関連して私は、李在明(イ・ジェミョン)政権には、内部的にこのような方向で準備しつつ、北朝鮮への特使派遣と朝米会談の再開に向けた環境づくりに取り組んでもらいたい。環境づくりの要は、韓米の首脳同士の緊密なコミュニケーションを通じて8月の大規模な韓米合同訓練を延期し、8月15日の(光復節)祝辞で新たな対北朝鮮政策と南北関係のビジョンを発表することだ。
8月の合同訓練の延期がどれほど重大な選択になるかは、6年前の夏の出来事を振り返ってみれば分かる。当時、トランプ大統領は金正恩(キム・ジョンウン)委員長に合同訓練はしないと約束したが、韓米が訓練を強行したことで、すべてが水泡に帰している。特に朝鮮は、文在寅(ムン・ジェイン)元大統領の8・15祝辞を「ゆでた牛の頭も天を仰いで大笑いする」と激しい言葉で卑下しつつ「南朝鮮とはもはや付き合わない」と宣言し、実際にそうなっている。李在明政権はこれを反面教師にする必要がある。また、朝鮮が第2期トランプ政権の相次ぐラブコールに冷淡な反応を示しているのには、韓米・韓米日合同訓練が実施され続けていることが大きな影響を及ぼしているということも、直視する必要がある。李在明政権時代の南北関係と朝鮮半島情勢の風向計は大規模な合同訓練を実施するかどうかにかかっていると言っても過言ではない、ということだ。
「国と国との関係、統合を目指す特殊関係」を基礎とする南北関係の再設定は、急変する地政学的環境において、韓国の「国益中心の実用外交」の展開にも大きく役立つ。まず、「足元の火」ともいえる国防費問題からみてみよう。北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で「防衛費は国内総生産(GDP)の5%」合意を引き出したトランプ政権は、韓国にも同様のことを求めている。今年、韓国の国防費は約61兆ウォン(約6兆4600億円)で、GDPの2.3%をやや上回る。だが、これを米国の要求どおり2035年までにGDPの5%に引き上げると、同年には国防費が165兆ウォンに達することになる。これは年平均のGDP成長率を2%と仮定したもので、10年間の国防費総額も1120兆ウォンになる。しかし、朝鮮半島情勢に前進がなく同じ状態であたtり、さらに悪化したりすると、米国の無理な要求に効果的に対処することが難しくなる。逆に、南北対話と朝米対話の再開を通じて南北関係と朝鮮半島情勢が安定化すれば、国防費策定の自律性は高まる。
南北関係の再設定は、台湾問題をめぐって年々激化している米中対立に効果的に対処するためにも必要だ。バイデン政権に続いてトランプ政権も、中国の台湾侵攻の抑止を中心戦略として掲げ、同盟国を糾合しようとしている。先述した国防費の大幅引き上げ要求もこのことと関係している。また米国は、「対北朝鮮抑止中心」から「対中国抑止中心」へと在韓米軍の役割を変更しようとしている。もし韓国がこうした米国の要求を受け入れる方向へと動けば、韓中関係の改善も水の泡となる可能性が高まる。何よりも、台湾海峡で武力衝突が発生すれば、望まない戦争に巻き込まれる可能性が高まる。南北関係の安定、意思疎通および対話の再開は、それゆえ切実だ。韓国と朝鮮はそれぞれ米国と中国の同盟国だ。このような状況で台湾事態が発生した際、南北関係がどのような状態にあるかは、朝鮮半島全体の運命のかかった問題だと言っても過言ではない。
南北関係の再設定は、朝米関係に大きな変動が起きた際にも、効果的な対処を可能にする。李在明政権を含む多くの人々の望み通りに朝米首脳会談が開催されれば、北朝鮮の核の凍結や削減を含む軍備統制や北朝鮮に対する制裁の緩和はもちろん、平和協定の締結や朝米の外交関係樹立などの根本問題が議論される可能性がある。トランプ大統領が6月27日にも「北朝鮮との対立を解決する」と表明したことからも、このような可能性が読み取れる。朝米首脳会談が実現し、上記の諸問題が議論され、合意されるのは、明らかに喜ばしいことだ。だが、今のように南北関係が「国と国との関係」でも「統一を目指す特殊関係」でもない状態では、韓国が「無視」されることが非常に懸念される。制裁が緩和されても南北の交流と協力は再開されず、韓国がつまはじきにされた状態で朝米平和協定と朝米国交樹立が論議される可能性もあるということだ。
逆に、南北関係が国家性を尊重する方向へと再編されれば、韓国は朝米関係の変動が秘める機会を最大化することができる。通常戦力と核の問題を含む軍縮交渉が南北米を中心として設定できるし、朝米間で平和協定論議が始まれば、当事者の問題が生じるのを防ぎつつ南北米中の交渉構図も作れるからだ。そして、北朝鮮に対する制裁が緩和されれば、経済協力の再開にも有利な環境が作れるからだ。また、これまで一度も検討されていない、しかし南北関係の再設定にとって最も有用な方法となりうる「韓国と朝鮮との国交樹立」も推進できる。韓朝国交樹立は統合へと向かう過程であるため、憲法にも違反しない。
また、国交樹立は関係改善の結果だと認識されることが多いが、必ずしもそうではない。国同士でまず国交を結び、それから連絡事務所、代表部、大使館へと、徐々に外交関係を発展させていく例も多いからだ。また国交を結んだ場合も、大使級の外交関係樹立を先送りし、第3国の大使が兼任するという方式もまれに見られる。韓国は昨年2月にキューバと国交を結んでいるが、韓国がキューバに大使館を開設したのはその11カ月後、キューバが韓国に開設したのは16カ月後だった。開設までは、駐メキシコ韓国大使と駐中国キューバ大使が兼任していた。また韓国は今年4月にシリアと国交を樹立しているが、まだ連絡事務所や大使館は設置していない。このような例は、韓国と朝鮮が関係改善の意志を込めてまず国交を結ぶことが、型破りでありながらも現実的な代案になりうることを物語っている。
まとめると、李在明政権の新たな対北朝鮮政策は、南北関係の再設定を目標に据えることが「国益中心の実用主義」にも合致すると言える。ちょうど統一部の名称変更問題が取り沙汰されている。私は「国と国との関係であり、統合(統一)を目指す特殊関係」という趣旨に最も合致する名称は「南北関係部」だと思う。いかなる名称になるにせよ、統一部の改称が韓米首脳による8月の韓米合同訓練の延期宣言を経て、新たな対北朝鮮政策を盛り込んだ李大統領の8・15祝辞へとつながることを願っている。