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[寄稿]「力による平和」、この嘆かわしいスローガン

登録:2023-10-04 08:43 修正:2023-10-04 10:46
イム・ジェソン|弁護士・社会学者
尹錫悦大統領が先月26日、城南のソウル空港で行われた建軍75周年国軍の日の記念式典で記念演説をしている/大統領室写真記者団//ハンギョレ新聞社

 「口先だけの平和ではなく、力による平和を構築する」

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は、大統領候補だった頃から「力による平和」を安全保障と国防政策の中心的な価値として説明してきた。最近になり、表現の強さと頻度がともに高まっている。4月の訪米後、尹大統領は「圧倒的な力による平和」という表現を用いた。「善意に頼る偽りの平和」と対比し、「圧倒的」という修飾語まで付けたのだ。今年の国軍の日75周年の公式スローガンは「強い国軍、屈強な安全保障、力による平和」だった。昨年の尹大統領の就任後、初の国軍の日のスローガンが「強い国防、科学技術強軍」だったのと比べると、「力による平和」に対する強調が明確だ。

 ところで、「力による平和」とは何なのか。北朝鮮と比較して圧倒的な軍事力を保有することなのか。北朝鮮との外交的交渉を排除することなのか。そのどちらであっても、嘆かわしいスローガンであり、退歩した政策志向だ。

 まず、力による平和とは「圧倒的な軍事力の確保」を最優先の価値とするものだと考えてみよう。すでに圧倒的であるにもかかわらず、何をさらに圧倒的にするのかというのが嘆かわしい点だ。2012年時点の大韓民国の国防費は、北朝鮮の国内総生産(GDP)を超えた。北朝鮮の国防費ではなくGDPを超えたのだ。2022年の大韓民国の国防費は約54兆ウォン(約5兆9000億円)、北朝鮮のGDPは約31兆ウォン(約3兆4000億円)であるため、1.5倍以上の差となる。ストックホルム国際平和研究所の発表によると、2022年の韓国の軍事費支出は世界9位だ。すでに十分に、いや過剰なまでの「力による平和」だ。

 大韓民国の歴代のどの政権も、国防費を増加させ続けた。尹錫悦政権が「口先だけの平和」「偽りの平和」だと批判する文在寅(ムン・ジェイン)政権の国防費の増加率は、李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵(パク・クネ)両政権より高い年平均6.3%だった。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権では8.3%だった。朝鮮戦争後、どの政権も「力による平和」でなかったことはない。

 問題は、大韓民国が向き合う最優先の安全保障の課題である北朝鮮との軍事対立と核問題は、韓国がより多くの軍隊と兵器を持つことでは解決できないということだ。1993年の第1次北朝鮮核危機から約30年の歴史がその証拠だ。韓国の国防費は急増したが、北朝鮮の核開発も高度化した。北朝鮮もやはりミサイルを撃ちまくり、「強力な力によってのみ真の平和と安全が保障される」と主張する。悪循環だ。それでも現政権は、失敗した安全保障政策を呪文のように打ち出している。

 強い軍隊と強い兵器を持てるならそれに越したことはないと考えることもできる。だが、すべての政策は機会費用だ。兵器を買えば買うほど他の予算が削られる。他の社会では、軍備と福祉のうちどちらを重視するのか、その適正な割合をめぐっていわゆる「銃とバター」論争が繰り広げられる。軍事主義と戦争への恐怖がまん延する韓国社会では、それはできなかった。しかし問い質さなければならない。力による平和がこのように強調されることで犠牲になる政策と予算は何なのか、すでに力が余っている状況ではないのか。

 また、力による平和が「外交的手段による平和」を「偽りの平和」「口先だけの平和」というレッテルを貼る政策であるのなら、これもまた嘆かわしいことだ。尹大統領は昨年9月、初めての国連総会での演説で、歴代の韓国大統領のうち唯一、「北朝鮮」に言及しなかった。北朝鮮核問題などの解決には、外交的なてこ入れは不要とする宣言だと評された。だが、先に述べたように、北朝鮮との軍事的緊張と北朝鮮核問題は長きにわたる難題だ。朝中ロの連帯が強化され、国際社会が北朝鮮に関与する手段が減ってきている状況において、外交的手段を含むすべての政策が論じられなければならない

 力による平和が外交放棄宣言であるなら、韓国に残されたのは、あふれる兵器をさらに購入し、韓米日の軍事演習を大々的に行うことだけだ。いや、もう一つある。北朝鮮、中国、ロシアなどが好む都心での軍事パレードをソウルで大々的に開催することだ。北朝鮮に向けて、そして世界に向けて「我々はこんなに力が強いのだ」と叫ぶ好戦的で全体主義的な式典だ。

 陸軍訓練所の訓練兵が現在使用している、セメントの床に穴が開いただけの旧式トイレの改善のための予算は、今年に続き来年度も配分されなかった。国家人権委員会や様々なメディアが問題提起し続けているにもかかわらず。一方、10年ぶりに開催された今年の国軍の日の軍事パレードに使われた予算は100億ウォン(約11億円)を超えた。これが現在の韓国の「力による平和」だ。

//ハンギョレ新聞社

イム・ジェソン|弁護士・社会学者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1110699.html韓国語原文入力:2023-10-04 02:40
訳M.S

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