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[寄稿]「アジア太平洋」から「インド太平洋」への転換、盲目的に受け入れるべきか

登録:2023-04-24 06:06 修正:2023-04-24 07:45
本質的にインド太平洋戦略は太平洋・インド洋・大西洋をつなぐ米国の伝統的な海洋戦略で、中国の現状変更の試みと影響力の拡大を抑制するための地政学的布石だ。したがって、排他性を前提とした同盟と集団防衛に焦点が当てられている。 

ムン・ジョンイン | 延世大学名誉教授
尹錫悦大統領が先月30日、ソウル中区新羅ホテルで開かれた「第2回民主主義サミット」インド太平洋地域会議に出席し演説している=大統領室写真記者団//ハンギョレ新聞社

 「今やアジア太平洋時代は過ぎ去り、インド太平洋の新しい時代が開かれた」

 韓国と米国はもちろん、欧州の国際会議でもよく耳にする話だ。地政学的概念としてのインド太平洋が地理的概念であるアジア太平洋を圧倒している。本当にアジア太平洋秩序は終わったのだろうか。 同意しがたい。

 地域秩序の急激な変化は、大国間の大きな戦争や革命のような大国内部の政治変動の結果として現れる。ナポレオン戦争によるウィーン体制、第1次世界大戦後の国際連盟体制、第2次世界大戦後の米ソ対決と冷戦体制、ソ連の解体による冷戦秩序などが代表的な事例だ。しかし、既存のアジア太平洋秩序がまだ健在であるにもかかわらず、日本の安倍晋三元首相が提案し、米国のドナルド・トランプ前大統領とジョー・バイデン大統領が具体化したインド太平洋戦略とそれに伴う新たな地域秩序が、非常に短い時間で支配的パラダイムとして登場したのは、不可解な現象だ。

 1990年代初め、冷戦が終わると、米国中心の単極体制のもとで新たな地域分化が起きた。欧州連合(EU)が先に独自の経済圏を構築した。これに負けじと米国もカナダとメキシコを糾合した北米自由貿易協定(NAFTA)を作り、日本とオーストラリアが主導したアジア太平洋経済協力(APEC)の結成にも積極的に参加した。アジア太平洋時代が開かれるきっかけだった。

 冷戦後のアジア太平洋秩序は、さまざまな面で肯定的だった。アジアと南・北米、太平洋沿岸21カ国が参加するAPECは、自由貿易を標榜する開かれた地域主義の代表的事例として位置づけられた。先進国と途上国の見解の相違など、困難もあったが、それを補うものとして環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)、地域的な包括的経済連携(RCEP)、ASEAN自由貿易地域(AFTA)、多様な二国間自由貿易協定が生まれた。さらにアジアと欧州を連携するアジア欧州会議(ASEM)も発足し、地域間の自由貿易秩序の礎を築いた。

 毎年開かれるAPEC首脳会議は、最も高いレベルの政治安保協議の場となった。特にASEAN主導の下、中国とロシアを含むアジア太平洋地域安保協議は、多国間安保協力の新たな可能性を開いた。異なる政治体制と価値観にもかかわらず、域内交流と協力が活性化し、それなりに戦略的共感も形成されてきた。1990年代以降、アジア太平洋地域が享受してきた平和と繁栄は、まさにこのような大陸と海洋勢力を包括する地域秩序の結果だと言っても過言ではない。

 インド太平洋戦略は「自由で開かれた」(米国)あるいは「平和で繁栄する」(韓国)インド太平洋を目指し、包容、信頼、互恵を協力の原則(韓国)として示しているが、アジア太平洋秩序とは相反するものだ。まず、その下部体制といえる韓米日3カ国軍事協力、クアッド(QUAD)、オーカス(AUKUS)、NATO拡大の動きなどを見てもそうだ。本質的にインド太平洋戦略は、太平洋・インド洋・大西洋をつなぐ米国の伝統的な海洋戦略で、中国の現状変更の試みと影響力の拡大を抑制するための地政学的布石だ。したがって、排他性を前提とした同盟と集団防衛に焦点が当てられている。これを正当化する論理として、価値観外交という二分法的大義名分を掲げている。民主主義国家の連合を通じて朝中ロなど権威主義国家の軸に共同で対応するといったものだ。

 経済分野でもインド太平洋経済枠組み(IPEF)という閉ざされた地域主義を特徴とする。米国は通商と技術の分野で、中国とのデカップリングに同盟と友好国の参加を求めている。リショアリング(海外に移した生産拠点を再び自国へ移転すること)、ニアショアリング(既存の事業拠点から地理的に近い近隣国に事業を移転すること)、フレンド・ショアリング(同盟国や友好国など近しい関係にある国に限定したサプライチェーンを構築すること)などの言葉が示すように、インド太平洋戦略の目標は結局のところ中国排除だ。国際通貨基金(IMF)の最近の報告書は、このような地政学的かつ地経学的進化が世界経済に致命的な打撃をもたらすと警告している。

 中国の浮上を実存的脅威とみなす米国と日本の立場からすると、インド太平洋戦略は十分妥当に思えるかもしれないが、同域内のその他の国々の利害関係と考え方は異なる可能性がある。二つの秩序の二者択一に伴う付随的被害が非常に大きいからだ。その上、アジア太平洋秩序の墓碑銘を書くにはまだ順機能が多い。

 しかし残念ながら、ほとんどの国がインド太平洋秩序への転換を盲目的に受け入れており、その転換の適切性に対する学問的、政策的議論はあまりみられない。果たしてアジア太平洋秩序とインド太平洋秩序の共存と調和の接点を見出すことは不可能なのか。インド太平洋戦略への便乗がもたらす地域水準の損益計算はどうなるのか。特に、韓国のような半島国が大陸を離れて海洋戦略に全面的に参加するのは望ましいことなのか。 韓国は長い間、アジア太平洋秩序の最大の受恵者だった。熾烈な討論と論争を通じて、我々自らの答えを見出さなければならない。

//ハンギョレ新聞社
ムン・ジョンイン | 延世大学名誉教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1089051.html韓国語原文入力:2023-04-24 02:38
訳H.J

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