国民の力のユン・ソクヨル大統領候補が、とっくに流行遅れになり、用途廃棄とされた「3軸体系」を北朝鮮政策だとして掲げた。情けない妄想であり無知といえる。3軸体系の復元と強化は、韓国の安全保障を堅固にするより、むしろ不安だけをもたらすことは火を見るより明らかだ。
特に、「先制攻撃」発言は、朝鮮半島で二度と戦争があってはならないという民族的合意に対する脅しであり、数百万の罪のない命を死地に追いやる挑発的な妄言だ。また、「3軸体系」は実現の可能性が全くなく、北朝鮮について知らないからこそ言えるものだ。
第1の軸である「キルチェーン」はもともと米国で考案された軍事戦略だ。宣戦布告をして行われる主権国家間の戦争よりは、同時多発テロ以後、テロリストを相手にした戦争に特化して開発された軍事作戦だ。テロリストを悪魔化し、悪魔は排除して消さなければならない対象だという米国の考え方に基づいて立てられた作戦計画だ。悪魔を殺すことにおいては、いかなる手段と方法も正当化でき、戦争倫理や道徳的規範も必要ないという論理だ。米国と韓国の一部勢力が執拗に進めてきた北朝鮮に対する悪魔化が、キルチェーンを正当化しているわけだ。北朝鮮をテロリストに比肩される悪魔とみなし、先制攻撃を通じてミサイルを含む北朝鮮の軍事施設を無力化し、首脳部を除去する斬首作戦が正当だという認識から始まった作戦計画だ。
しかし、キルチェーンはテロリストでもなく、厳然たる主権国家である北朝鮮には遂行されてはならない違法作戦だ。また、北朝鮮の悪魔化も、米国が自国の現実的かつ経済的目的を達成するために作り上げた虚構にすぎない。米国は北朝鮮を悪魔化することで、在韓米軍駐留の正当性を強化し、北朝鮮という悪から韓国の安全を守るという名分を掲げ、米軍の存在を神聖化した。
先制攻撃は実質的に成功する可能性がまったくない。北朝鮮はすでに私たちが知っているレベルをはるかに上回る発展した武器システムを持っており、「北朝鮮全地域を監視できる監視・偵察能力の具備」は現実的に不可能だ。北朝鮮のすべてのミサイルと軍事施設は地下に貯蔵されているだけでなく、弾道ミサイルは燃料注入に時間がかかる液体燃料方式から、直ちに発射可能な固体燃料方式に進化した。さらに、固定発射台ではなく、どこからでも発射できる移動式発射台から弾道ミサイルを発射できる技術が最終段階に入ったのも事実だ。
先制攻撃の戦略が全く成果を出せないもう一つの理由としては、北朝鮮がすでにいかなる外部攻撃にも備えられる完璧な避難体制を整えていることが挙げられる。先制攻撃の対象がどこに隠れているか知る方法が全くない。34キロメートルに及ぶ平壌(ピョンヤン)の地下鉄路線は、戦争と空襲に備えて構築された巨大な地下避難施設だ。ソウルの地下鉄に比べ、平壌の地下鉄は地下150~200メートルのところに建設されており、戦時の防空壕として十分な役割を果たすことができる。また、平壌市内には至る所に大小の防空壕が散在しており、平壌外郭には少なくない数の炭鉱が核兵器の攻撃にも耐えられる地下避難施設に改造されている。
3軸システムの第2の軸は、高高度防衛ミサイル(THAAD)の追加配備を含む韓国型ミサイル防御システム(KAMD)の構築だ。だが、この第2の軸もまた、北朝鮮のミサイル攻撃を防御するには不十分だ。極超音速ミサイルの開発など、北朝鮮のミサイル能力がますます高度化していることを考えると、空中でミサイルを迎撃分解する戦術は、現在の軍事的な技術では不可能に近い。
ところが、先制攻撃に対する報復として北朝鮮が韓国を攻撃する場合、注目すべきは北朝鮮のミサイルではない。北朝鮮を訪問した際、「ここからソウルはそう遠くありません。戦争が起きれば火の海になるでしょう」という、いわゆる「ソウル火の海」発言で韓国を驚愕させた祖国平和統一委員会のパク・ヨンス書記局副局長と会話を交わす機会があった。1千万人の人口がほぼ全世帯都市ガスを利用しており、ガソリンスタンドが立ち並ぶソウルは、高性能兵器を使用する必要もなく、原始的な兵器だけでも火の海になり得る火薬庫という現実を直視する必要がある。
第3の軸である大量反撃報復(KMPR)は、北朝鮮に対する軍事報復戦略だ。「斬首作戦」を含む地上軍の投入が必然的に伴わざるを得ない。大量反撃報復は全面戦争を意味し、韓国と北朝鮮の心中行為だ。ユン・ソクヨル候補が敬愛してやまない米国が北朝鮮に地上軍を送るだろうか。決してないだろう。結局、罪のない韓国の若者たちが銃弾受けになる状況は明らかだ。
大統領になろうとする人が戦争を扇動することは、絶対ありえず、あってはならないことだ。朝鮮半島で再び同族が争う悲劇が起きてはならない。戦争が起きたら、死ぬのは韓国人だ。先制攻撃を仕掛け、第3軸の大量反撃報復で地上軍を投入する際、ユン候補自ら北朝鮮に入るつもりがないなら、戦争を扇動する発言はやめるべきだ。「先制攻撃」を口にする人には大統領候補の資格はない。