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[寄稿]ウッドワード記者の記した「核兵器80個」の真実

登録:2020-10-04 20:48 修正:2020-11-02 09:09
核兵器は決して「一つの指輪」や「魔法の杖」ではない。核兵器の使用を言うことは容易だが、その結果は残酷だ。35年前、レーガンとゴルバチョフが強調したように「核戦争には決して勝者がありえず、したがって決して戦ってはならない戦争」だ。この話の意味を記憶するならば、今は80個の核兵器の使用でなく、その除去を先に熟考すべき時だ。

 ワシントンポストのボブ・ウッドワード記者の新刊『RAGE』(怒り)が話題だ。焦点は“核兵器80個”の真実だ。ウッドワードのインタビューで、ジェームズ・マティス元米国防長官はこのように話した。「オマハにある米戦略司令部は、核兵器80個の使用など北朝鮮の攻撃に対する米国の対応として、北朝鮮の政権交替のための作戦計画5027を検討・研究した」。この文章の解釈をめぐり、韓国国内の主要報道機関の間で論争が起きた。朝鮮、中央、東亜はこの核兵器80個を米国の報復攻撃用のものとし、反対にハンギョレは北朝鮮が使用できる核兵器と解釈した。文章の曖昧な表現のために生まれた論争だ。

 9月14日、米国の公営ラジオNPRの進行者であるメリー・ケリーは、ウッドワード記者へのインタビューでこの点について説明を要請した。彼が伝えたマティス長官の発言要旨は次のとおりだ。「不良国家北朝鮮が24個程度の核兵器を隠匿しているが、いつか米国を攻撃するかもしれない。トランプ大統領は私に迎撃する権限を委任した。私が迎撃すれば、金正恩(キム・ジョンウン)はおそらく残ったミサイルを全部撃つだろう。誰にも数百万名を焼き殺す権限はない。核先制攻撃をする人はトランプ大統領ではなく金正恩だ」。説明を聞いても混乱は増すばかりだ。ここでは北朝鮮が保有する核兵器は24個程度ということを指摘して、金正恩がこれらの核兵器を使って数百万名を焼き殺すことがありうることだと描写している。北朝鮮の核ミサイル発射と米国の迎撃、それに対する北朝鮮の大量報復発射という戦争拡大の可能性に言及しながらも、米国の先制あるいは対応攻撃に対しては具体的言及がない。ここで“核兵器80個”は消えてしまっている。

 当初から“核兵器80個”という表現に問題があったとみられる。2017年7月末当時、ジークフリード・ヘッカー博士は北朝鮮の核兵器保有数量を25~30個とし、デビッド・オルブライトは15~32個とし、米国の情報当局は最大60個と推定していた。また、この時点は北朝鮮が米本土を攻撃できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)能力を実証する前だった。もちろんこの時も、短距離あるいは中距離弾道ミサイルを利用して韓国や日本を攻撃することはできたが、北朝鮮が核兵器80個を米本土に向けて発射するというシナリオは、当時はもちろん今でも現実と距離がある。

 米国は80個以上の核兵器を保有しており、トランプ大統領がその気になればいつでも核ボタンを押すことができる。しかし米国が80個以上の核兵器で先制攻撃し、北朝鮮全域を焦土化する可能性は大きいとは思われない。

 ICBMで北朝鮮を攻撃するには、ロシア領空を通過しなければならない。その場合、ロシアが誤認して、これに正面対抗することがありうる。北東アジアに前進配置された潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を活用するほうが良い代案だが、それでもやはりミサイルの飛行角度を考慮すれば中国に類似の誤認を引き起こしかねない。結局二つとも技術的に容易な選択肢ではないということだ。そのために長期にわたり米国の対北朝鮮核使用シナリオは、B-2、B-52などの戦略爆撃機の活用が主流だった。しかし、80個の核兵器を短時間にこの地域に移動させ、北朝鮮の防空網と指揮統制システムを無力化して、トマホーク・ミサイルなどにより主な防空網拠点を瓦解させた後に、これらの戦闘爆撃機を利用して核を空中投下するなど容易ではない。在韓米軍の家族や韓国に居住する米国市民を事前に待避させなければならないという問題もある。特にこの程度の規模の軍事行動を決定し進めるならば、韓国政府の同意あるいは了解を経ないということは想像し難い。

 もう一度最初に戻ってみよう。ウッドワードの文章に引用された作戦計画5027は、北朝鮮の政権交替のための計画ではなく、北朝鮮の大規模南侵に備えた韓米連合対応作戦計画であり、そこには核兵器使用の有無は含まれていない。しかも作戦計画5027は、すでに2015年に作戦計画5015に代替されている。ウッドワードがいくら優れた記者だとしても、朝鮮半島問題や核戦略、運用教理に対する知識は非専門家の限界を抜け出せないだろう。彼の本に登場する文章の一つひとつに一喜一憂する必要はない。

 核兵器は決して「一つの指輪」や「魔法の杖」ではない。核兵器の使用を言うことは容易だが、その結果は残酷だ。75年前、米国の爆撃機から投下した13キロトン級の原子爆弾一発で、一瞬にして7万から8万人の広島市民が即死し、都市の建物の69%が消失・破壊された。35年前にレーガンとゴルバチョフが強調したように「核戦争には決して勝者がありえず、したがって決して戦ってはならない戦争」だ。この話の意味を記憶するならば、今は80個の核兵器の使用ではなく、その除去を先に熟考しなければならない時だ。

//ハンギョレ新聞社
ムン・ジョンイン延世大学名誉特任教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/964315.html韓国語原文入力:2020-10-04 19:24
訳J.S

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