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ヒトの傷が他の哺乳類より3倍もゆっくり治る理由は

登録:2025-05-16 06:20 修正:2025-05-16 10:24
クァク・ノピルの未来の窓 
霊長類など哺乳類より約3倍遅い 
治癒を助ける毛包幹細胞が減少したため
人間の傷は他の哺乳類より治癒速度が約3倍遅いことが分かった=ペクセルズより//ハンギョレ新聞社

 弱肉強食の食物連鎖体系を成している自然生態系で、傷が治るのにかかる期間は動物の生存に非常に重要な要素だ。

 人間は医学の助けを借りてこの生存能力を最大限まで伸ばしたが、他の動物は自然治癒力に頼るしかない。ところが、動物たちが進化の過程を通じて獲得した自然治癒力と方式は種によって異なる。例えば、ネズミとポニーは周辺の組織を引き寄せて傷の面積を減らす「創面収縮(Wound contraction)」方式である一方、豚と馬は皮下組織の細胞が増殖して傷の部位を覆う「再上皮化(re-epithelialization)」方式だ。治る速度は創面収縮の方が再上皮化より少し速い。ペットの犬と猫も治癒方法が異なる。猫は創面収縮方式で、犬は再上皮化方式で治る。

 私たちの体が傷を治癒する過程は速度の遅い再上皮化方式だ。人の傷の治癒は、いくつかの段階によって行われる。まず出血を防ぐため凝固し、その後、好中球とマクロファージのような免疫細胞が傷の部位に移動し、バクテリアを殺して死んだ組織と残余物を除去する。その後、損傷した組織を復旧する過程が続く。線維芽細胞が皮膚の構造と強度を高めるタンパク質コラーゲンを生成し、新たな血管が形成されて栄養分を供給すると共に、皮膚細胞が傷口に移動して傷を覆う。

 これは人間に固有のものなのか、それとも霊長類に共通する特性なのだろうか。日本の沖縄琉球大学が主軸となった国際共同研究チームがこれを確認し、英国王立学会報Bに発表した。

チンパンジーは毛が太いだけで、毛の密度は人と大きく変わらない=ウィキメディア・コモンズより//ハンギョレ新聞社

■チンパンジーと分化された後に獲得した特性か

 今回の研究は、松本晶子教授(霊長類学)がケニアの野生のヒヒを観察していたところ、負傷した雄猿の傷が非常に早く治るのを目撃したことがきっかけとなった。松本教授はニューヨーク・タイムズ紙に「見るからにひどい傷も驚くほど早く治った」とし、自分と比べると猿の治癒能力はまるで超能力のように見えたと語った。

 研究チームは、3種のオナガザル(ヒヒ、ベルベットモンキー、サイクスモンキー)と人間、チンパンジー、ネズミの治癒速度を比較した。

 人間の実験の参加者として琉球大学病院で皮膚腫瘍除去手術を受けた患者24人を募集し、彼らの傷が治る過程を調べた。チンパンジーは京都大学野生動物研究センターで飼育中のチンパンジー5匹が喧嘩する過程で負傷し、傷が治る過程を観察した。ヒヒはケニア霊長類研究所で保護中の3種の猿を選んで麻酔後に傷をつけ、迅速に止血処理を施した後、その後の過程を調べた。ネズミの傷も同じ方法で治癒過程を調べた。

 その結果、人間の傷は他の哺乳類より治癒の速度が約3倍遅いことが分かった。人間は1日に0.25ミリずつ傷が癒えた一方、チンパンジーとネズミ、ヒヒはいずれも1日に0.61ミリずつ傷が治った。霊長類と齧歯類の傷回復速度には有意な差がなかった。人間だけが唯一の例外だった。

 松本教授は「最も重要なのは、600万年前に共通の祖先から分かれたチンパンジーが、他の非人間霊長類と同じ治癒速度を見せていること」だとし、「これは、人間の治癒の遅さが、チンパンジーとの共通の祖先から分かれた後に進化したものである可能性が高いことを意味する」と語った。

■毛包幹細胞の数が治癒速度を左右

 動物にとって体毛は様々な保護機能を果たす身体器官だ。体毛は紫外線から肌を保護する遮断材であり、体温を維持する断熱材、物理的衝撃や攻撃に対する緩衝材となる。

 では、人間とチンパンジーの毛の密度の違いが傷の治癒速度の違いの原因なのだろうか。ところが、外見とは違って、人間とチンパンジーは毛の密度においてあまり差がない。ただし、チンパンジーの毛は長くて太く、色が濃いため、体全体をびっしりと覆っているように見える一方、人間の毛はほとんどが産毛のように細くて短く、色も薄いため、あまり目立たないだけだ。これは傷の治癒速度は毛の密度によって決定されるのではないことを示唆する。

 研究者たちは、秘密は毛包にあると推定した。毛は毛包で育つ。毛包には幹細胞がある。毛包幹細胞は髪の毛をより多く作るが、必要ならば新しい皮膚を作ることもできる。今回の研究に参加しなかったロックフェラー大学のイレイン・フックス教授(中期細胞生物学)は「表皮が損傷すれば毛包幹細胞がこれを復旧する」と語った。

 毛深い動物には毛包も多い。また、厚い毛を生成する毛包はさらに大きい。大きな毛包にはより多くの幹細胞が含まれる可能性が高い。したがって、毛が多いか毛の厚みのある動物は全身に毛包が多く、傷ができれば幹細胞が早く治るようにする。しかし、産毛中心の人間の皮膚には毛包が非常に少ない。

 非人間霊長類の毛包幹細胞がどれほど多いのかに対する具体的なデータはまだない。研究チームはひとまず傷の治癒速度が毛包関連幹細胞数に正比例するというよりは、効果的な治癒に十分な臨界値の幹細胞数があるとみている。

 人間の祖先は毛包を失い、汗腺でその空白を埋めた。もちろん、汗腺にも幹細胞はある。しかし、この幹細胞は傷を治癒するのにあまり効率的ではないと、フックス教授は話した。

人間の汗腺はチンパンジーより10倍も多い=Hans Reniers/Unsplash//ハンギョレ新聞社

■毛の代わりに汗腺を持つようになった理由

 人間はなぜ毛をあきらめ、その代わりに汗腺を持つようになったのだろうか。暑い日に服を濡らす汗を分泌する外分泌汗腺をエクリン腺と呼ぶ。毛の多い哺乳類は特定部位、特に足の裏にだけエクリン腺がある。しかし、人間は全身に300万〜400万個のエクリン腺がある。チンパンジーの約10倍だ。汗腺は汗をたくさん流して体温を下げ、目まぐるしく働いている脳を冷やす。おかげで私たちの先祖は暑い環境でも活発な活動ができた。毛を失うことで傷の治癒速度は遅くなったが、代わりに活動力が良くなり、生存力がさらに高まったのだ。人間が特有の持久力で餌食の動物が疲れるまで追撃する狩りができたのは、汗を通じた効率的な体温調節能力のおかげだと知られている。

 この過程で人間の皮膚は動物の毛が果たしていた保護・緩衝材の役割を厚い表皮を作ることで補った。人間の表皮は非人間霊長類より3〜4倍も厚い。研究チームは「したがって、より厚くなった人間の表皮が猿やチンパンジーより傷の治癒速度を遅くする原因である可能性がある」と述べた。

 要するに、チンパンジーと分かれた後、人間は類人猿とは違って汗腺密度は増加した一方、体毛密度はさらに減少し、皮膚保護の代案として皮下組織が厚くなり、それが人間の傷治癒速度がさらに遅くなる進化の要因になったということだ。研究チームは「人間はこのようにして生じた進化的デメリットを人間共同体の社会的支援システムと薬用植物のような医学的支援システムで相殺した可能性がある」と付け加えた。

*論文情報

Inter-species differences in wound-healing rate: a comparative study involving primates and rodents. https://doi.org/10.1098/rspb.2025.0233

クァク・ノピル先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/science/science_general/1197408.html韓国語原文入力:2025-05-15 07:02
訳H.J

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