20世紀に入って、人類の期待寿命は飛躍的に伸びた。2000年間、1~2世紀に平均1年ずつ伸びてきた期待寿命が、10年周期に3年ずつ伸びる傾向を示した。この勢いなら、長寿革命と言っても過言ではない。
医学の発達と公衆保健政策の強化、所得増大による栄養改善などが主な要因に挙げられる。このような傾向が21世紀にも続けば、期待寿命の長い国では、2000年以降に生まれた赤ちゃんの大半が100歳の誕生日を迎えることになるだろうという予測も出た。
しかし、約1世紀にわたってほぼ2倍まで増えた期待寿命の延伸傾向が、最近急激に鈍化し、限界を示しているという研究結果が出た。
米国のイリノイ大学シカゴ校の研究陣は現在、世界で期待寿命が最も長い国々の死亡率の推移を分析した結果、これらの地域の期待寿命はここ30年間(1990~2019)、平均6.5年の延伸にとどまることが分かったと、国際学術誌「ネイチャー・エイジング」(Nature Aging)に発表した。延伸のスピードが以前の3分の2水準にとどまっている。研究陣は分析期間を2019年までにしたのは、新型コロナウイルス感染症による死亡統計が及ぼす影響を避けるためだ。
研究陣が分析対象にしたのは、世界最長寿地域である香港、日本、韓国、オーストラリア、フランス、イタリア、スイス、スウェーデン、スペインの9カ国・地域と最近期待寿命が短縮した米国を合わせて計10カ国・地域。2019年の期待寿命は香港が85歳で最も高く、米国が78.8歳で最も低かった。
研究陣は特に、2010年以降、延伸傾向の鈍化がさらに目立ったと明らかにした。香港と韓国を除き、全ての地域で期待寿命の10年単位の延伸速度が2年以下に鈍化した。
■100歳以上が増えるのは人口増加のため
ならば「寿命100歳時代」というのは現実とかけ離れた期待なのだろうか。
研究陣が2019年に生まれた子どもが100歳に到達する確率を計算した結果、女性が5.3%、男性の場合は1.8%だった。
2019年に生まれた子どもが100歳まで生きる確率が最も高い国は香港で、女性は12.8%、男性は4.4%だった。一方、米国の場合、2019年生まれが100歳まで生きる確率は、女性が3.1%、男性は1.3%だった。韓国の場合、2019年生まれが100歳まで生存する確率は男性1.3%、女性4.8%だ。
研究陣が2019年の世界の各年齢帯で最も低い死亡率を元に作った複合的寿命予想表に基づいて予測した結果、出生児の平均期待寿命は87歳(男性84歳、女性90歳)を超えないと予想された。また、100歳までの生存率は女性13.9%、男性4.5%であることから、100歳以上生きる人は男性5%、女性15%を超えないものとの見通しを示した。
生まれてから50歳までの死亡率を0に下げても、期待寿命の延伸期間は女性1年、男性1.5年に過ぎないことが分かった。しかし、このような仮定自体が非現実的だと研究陣は強調した。
論文の筆頭著者、ジェイ・オルシャンスキー教授(疫学および生物統計学)は、未来に、特に2046年頃から100歳の人口はさらに増えるだろうが、これはベビーブーム世代を招いた出産率の上昇、すなわち人口増加のためであり、100歳まで生きる人々の割合が大きく高まるわけではないと語った。
オルシャンスキー教授は「病気との戦いをやり遂げたことによる寿命の飛躍的延伸の時代はすでに過ぎており、これ以上の寿命延伸は老化という大きな障害物に直面している」と指摘した。さらに「今日の高齢者はほとんど医学が作ってくれた時間を過ごしているが、医学発展に伴い伸びる寿命は短くなっており、これは期待寿命が急速に増加する期間はもう終わったことを意味する」と語った。
しかし、ドイツのマックスプランク人口学研究所のドミトリー・ズダノフ氏は、ネイチャーの解説記事で「平均寿命をさらに伸ばすことが難しいことは明らかだが、新しい技術の発展が予想外の健康革命につながるかもしれない」と語った。何かを想像できないからといって、それが不可能であることを意味するわけではないということだ。ズダノフ氏はその事例として、1世紀前までは乳児の死亡率が大幅に低くなると予測した研究者はほとんどいなかったが、ワクチンと教育、公衆保健の向上で1950年に20%を超えていた死亡率が今は4%以下に落ちたことを挙げた。
■寿命延伸より健康寿命に力を入れるべき
人間の期待寿命がどれだけ伸びるかという医学界の長年の論争の種だ。
一方では、新しく生まれる子どもたちはほとんど100歳以上生きられるという楽観論を、他方では期待寿命が限界に達しているという反論を展開する。
保守的な立場に立っているオルシャンスキー教授は、すでに1990年にサイエンス論文を通じて、人間の期待寿命は生物学的限界である85歳に近づいていると主張している。一方、アラバマ大学のスティーブン・オステッド教授(生物学)は、2000年にその年の出生児は150歳まで生きられると主張した。2人は2150年に150歳の生存者が登場するかどうかをめぐりお金を賭けているところだ。二人の生きている間には勝負のつかない賭けだ。
オスタッド教授はオルシャンスキー教授の論文について、ニューヨーク・タイムズに「期待寿命の延伸が鈍化したということを疑う余地なく立証した」として、立派な論文だと評価した。オルシャンスキー教授は、最近の鈍化の原因として、人間が老化に対する生物学的限界に達したためである可能性があると語った。
しかし英国グラスゴー大学のゲーリー・マッカートニー教授は「ニュー・サイエンティスト」に「寿命の延伸傾向が鈍化したのは社会的福祉と医療サービスが減り貧困層が増えたためかもしれない」とし、「適切な政策が施行されれば期待寿命は継続的に増えることもあり得る」と述べた。
オルシャンスキー教授は寿命に関する議論の焦点を変えることを提案した。もはや伸びた時間が健康な時間でない限り、寿命延長はむしろ有害になる可能性があるため、寿命そのものを延ばすより、老化を遅らせて健康寿命を延ばすことに努力を傾けるべきということだ。ただし、もし老化を遅らせる方法が開発されれば、飛躍的な寿命延長も可能だろうと語った。オステッド教授は、まさにこのため、自分は人間が150歳になることに賭けたのであり、オルシャンスキー教授の研究結果に関係なく、予想を変えるつもりはないと述べた。
*論文情報
https://doi.org/10.1038/s43587-024-00702-3
Implausibility of radical life extension in humans in the twenty-first century.