今年で100歳をむかえたヘンリー・キッシンジャーは、1969年から1977年までのニクソン、フォード政権で、国家安全保障担当大統領補佐官と国務長官を務めた米国の代表的な国際戦略家だ。理念より現実を重視するレアルポリティーク(Realpolitik、現実政治)の信奉者として、通常の外交ルートには従わない「キッシンジャー外交」を展開した人物だ。米国と中国の国交正常化の橋渡しをし、米ソデタント(緊張緩和)の雰囲気を醸成し、ベトナム戦争の終息にも力を注いだ。キッシンジャーが昨年出版した『リーダーシップ:傑出した指導者たちの世界戦略』(日本語版は7月22日出版予定。韓国語版タイトルは『リーダーシップ:現代史を作った6人の世界戦略の研究』)は、第2次大戦終結後に活躍した6人の政治家を通じて、政治的リーダーシップを語る本だ。韓国語版で600ページに達する本であり、100歳という年齢にもかかわらず高い記憶力を失っていないキッシンジャーの驚くべき精神力を読み取ることができる。冷静な視線によって全体の現実を把握する見識は、現代によみがえったマキャベリをみるかのような印象を受ける。
キッシンジャーがリーダーシップの事例として提示する6人の人物は、コンラート・アデナウアー(ドイツ)、シャルル・ド・ゴール(フランス)、リチャード・ニクソン(米国)、アンワル・サダト(エジプト)、リー・クアンユー(シンガポール)、マーガレット・サッチャー(英国)。この6人は皆、戦後の世界秩序を作るうえでそれぞれ重要な役割を果たした人物だ。キッシンジャー自身が直接会って交流した人物でもある。キッシンジャーは、この6人の指導者は「状況を見抜く現実感覚と強力な展望」を備えており、大胆に行動する能力があったと書いている。これらの指導者たちは「最も重要な国家的意義がかかったことであれば、対内外的に状況が明白に不利にみえるときも、決断力をもって行動した」という。
キッシンジャーは特に、見通しの見えない混乱のなかで平和を起こす能力を高く評価する。西欧圏以外の人物としてこの本に登場するサダトがそのような人物だ。サダトは、アラブ・イスラエル戦争で両者の不和が激化したとき、エジプト大統領として敵対国と平和を求める大きな一歩を踏みだした。サダトが1981年にイスラム急進派に暗殺されたのは、エジプトとイスラエルの間で和解に向かおうとしたその大胆な行動が引き起こした悲劇だった。キッシンジャーがニクソンを高く評価するのも、理念にとらわれて犯したベトナム戦争を終わらせ、冷戦の壁を越えて中国と手を握る勇気ある決定を下したためだ。
キッシンジャーはこの本の最後に、米中戦略競争の激化について懸念に満ちた忠告もする。キッシンジャーは、米国と中国は両国とも自国を例外的な国だと考えているとみている。だが、その理由は異なる。「米国は自国の価値観を世界に普遍的に適用できると考え、最終的にはすべての国がこの価値観を採択するだろうという前提のもとで行動する。中国は、他国が中国文明の固有性と驚くべき経済の成果に感化され、中国の優位を尊重するだろうと考える」。キッシンジャーは、両国が核心利益と考えてきた要素について、「ある程度は惰性で」あり、さらに言えば「わざと」衝突しているということに懸念を示す。「世界の未来において最も重要な問題は、この2つの大国が、避けられない戦略的な競争関係に『共存』という概念と実践を結合する方法を見出すことができるかどうかだ」。共存を前面に掲げてこそ米中競争は破局に突き進まずに済むという警告だ。
ウクライナ戦争についても苦言を惜しまない。キッシンジャーは、2022年2月にロシアがウクライナを侵攻したのは「戦略的対話の失敗」のせいだとして、「ロシアの戦略的懸念」を西側が深く認識する必要があると語る。「もしもウクライナがNATO(北大西洋条約機構)に加盟するのであれば、ロシアと欧州の間の安全保障の境界線は、モスクワからわずか480キロメートルのところに位置することになる。フランスとドイツが相次いで2世紀の間にロシアを占領しようとしたときにこの国を守った歴史的な緩衝地帯が事実上消えることになる」。本の最後にキッシンジャーは「すべての当事者が、国際行動に関する自国の第1原則を再検討し、これを共存の可能性につなげなければならない」と強調する。「賢明な指導者であれば、問題が危機として姿を表わす前に、その問題を解決しなければならない」