原文入力:2011/11/17 00:02(2754字)
朴露子(バク・ノジャ、Vladimir Tikhonov)ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学
ただ暗鬱なだけだった明博治下で、漸く一縷の光が見え始めた。ソウル市長選挙で、たとえ「進歩」とは言いにくいとはいえ、学生時代に私も教材として勉強した国家保安法の批判書をお書きになった朴元淳(パク・ウォンスン)氏という「良識ある中道保守」が当選したのに続き、300日余りの高空篭城後、「キム・ジンスク」に象徴される韓進重工業解雇労働者の闘争は―不完全ながら―一先ず勝利で一段落しました。この二つの「事件」は極右政権の漸次的な瓦解を象徴するものですが、特に後者の意味は極めて深いといえます。
2003年の貨物連帯の通快な勝利以後としては新自由主義時代にしては大変珍しい労働者の大々的な勝利だったからです。解雇労働者の数はそんなに多くなかったとはいえ、この闘争の前例のない可視性も、やはり前例のない各階層からの支持も、釜山経済圏における韓進重工業の占める地位も、この勝利を極めて特別なものにしています。では、最も暗鬱な極右政権の時代に、最も前近代性が強く悪質な財閥を相手にしたこの闘争が劇的に勝利した理由はどこにあるのでしょうか。40分後に息子が学校から帰ってきたら、食事の世話や宿題を見てやらなければならないので、もうキーボードが打てなくなりますが、あと数十分間でひとまずこの勝利の最も重要な要因をごく簡単にまとめておきましょう。
1.「オールド・レフト」の華麗なる帰還。今回の闘争を象徴する二人の人物であるキム・ジンスク先生とソン・ギョンドン詩人は、代表的な「1980年代型」のオールド・レフト、つまり正統左派的な労働活動家たちです。階級の利害関係が身と心に染み付いた労働者出身の有機的な知識人たちであり、階級の名で闘争なさる方々です。私もかなり好きなソン・ギョンドン詩人の詩を読んだだけでもすぐわかるように、その美学は伝統的な「自然の美」などといった叙情的な主題を詠む美学でなく、原子化した個人の意識の深淵を、分節された視線で考察するポストモダンな美学でもなく、文字通り闘争の辛さや絶叫、連帯の喜びから生まれる、その種の美学です。指向は少し異なる部分もありますが、ソン・ギョンドン詩人は金南柱(キム・ナムジュ)詩人の直系、文学的な継承者といえましょう。ところがこの闘争を率いた「オールド・ レフト」たちは、はるかに「ソフト」で人権的な感受性が成熟した新しい時代の要求にふさわしい闘争をデザインしたわけです。鉄パイプや火炎瓶の代りに「平和デモ」を絶対的に強調することで、むしろ警察や日雇い極右(「親(オボイ)連合」など)の暴力性を浮き彫りにし、形式的で画一化された踊りやスローガンの代りに多様な絵の垂れ幕、パフォーマンス、公演、絵本作家などの様々な創造的な知識人たちの参加がありました。視聴覚的な表現を楽しみ、多様性を尊重する新しい時代の指向に合わせて闘争は溌剌としており、絶対に退屈しませんでした。むしろデモを始める際に男女が公開キスをし多様な音楽を楽しむチリの学生デモ、つまり現在の世界の左派闘争の中心になった南米のデモ文化の芸術性に近付いたような感じです。「オールド・レフト」が「ポスト」などの無意味な沼に落ちることなく進化を遂げ、新しい時代とコードを合わせられるということを、今回の勝利はよく示してくれました。
2. 道徳的名分の先取り。この大韓民国の唯一で真の「国是」は弱肉強食の無限競争です。各自が自分の利益を優先し、せいぜい自分の家族の面倒は見ても、その他の世界のことはあまり気にしないのは、ここでは恐ろしいほど正常な生き方でしょう。しかし、またそのような社会であるだけに、家族ではない他人のために自律的に犠牲を払う人は、深く尊敬され、道徳のない社会の道徳的な名分を効率的に獲得できるのです。多くの人が安重根を尊敬する理由を、もっぱら民族主義に求めるべきでしょうか。それもありましょうが、何よりも、日本留学などしていれば、いくらでも統監部や総督府の下で主査や郡守などの職に就けたはずの裕福な地主の博識な息子が全てを投げ捨て不特定多数のために命を捧げたことは、私たちに愉快な気持を抱かせるのです。周囲ではめったに見られないことだからなのです。こうしたジャングル的な雰囲気を背景に、キム・ジンスク先生は私たちに「真の人間」とは何かをとても立体的に教えてくれたのです。直接の縁もない同僚のために命を捨てる覚悟で篭城をするドラマチックな運命の女活動家と、富を世襲する悪徳財閥……この対立の構図は善悪があまりにも明らかで、労働運動の嫌いな「市民」さえ、その圧倒的な影響を受けないわけにはいきませんでした。
3. 幅広い連帯。賃金労働者はこの社会の多数(約70%)ですが、組織された労働者は少数(約9%)に過ぎず、中でも特に戦闘的な組織労働者の活動家はごく少数です。こうした状況でも孤立せずに勝利するためには連帯は生命なのです。理念と利害はやや異なっているものの、少なくとも今回の闘争で私たちと同じ陣営に立ってくれる人がいれば、とにかくその最低の共通分母を見出し、私たちの味方にしなければなりません。今回の運動は遠い米国のチョムスキー先生という、世界的な「運動圏」の巨木からフィリピンで韓進に搾取されている異国の同僚まで、国内の野党政治家から美術家、作家まで、あまりにも多様な人々の越境的な連帯を建設しました。それに朴元淳の当選で表現された最近の新自由主義と極右政権への総体的な拒否反応、つまり「特権層1%」に極めて不利な国内外の「雰囲気」も作用しました。こうした多様な要素を適切に活用した今回の闘争の建設者たちには心から尊敬の念を表します。
そろそろ息子が帰宅しそうなので、ここで結ばなければなりません。今回の闘争は終わりではなく、始まりなのです。才能教育学習誌の教師労働者のように、既に何年も記録的な(世界でも稀な)最長期闘争を続けている労働者も、社会全般の連帯を必要としており、非正規雇用の事由制限の法制化、現存の非正規職の正規職化のための闘争も私たちを待っています。今回の勝利が滋養となり、個別の職場の範囲を越えた地域的、全国的な非正規職闘争が組織され、労働界の総体的な攻勢が始まることを期待してやみません。このような攻勢こそが今回の勝利を最終的に意味化するはずです。
原文: 訳J.S