原文入力:2012/09/13 20:26(3496字)
朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学
私は韓国内で学会を終えて約1週間前にノルウェーに帰ってきました。国内で見て感じたことはたくさんありましたが、中でも最も印象的だったのは、おそらくタクシーでたまたま聞いたラジオの「ニュース」でした。私はテレビやラジオのような官辺性の強いメディアに対して体質的な反感が強く、ここ15年間家にも全く置かず視聴することもめったにありません。しかし、特にタクシーに乗る時はたまに図らずもこのような「官の言葉」を聞くことになりますが、いつも驚かされます。
とにかく最も驚くべきことは、「ニュース」の配置方法です。「テンチョン・ニュ-ス」(訳注・時報が鳴りニュースが始まった途端、「全斗煥大統領は……」という言葉で大統領関連情報を流す第五共和国時代の御用放送を罵る表現)と同様、もちろん真っ先に「閣下」がお出ましになります。「李明博大統領は……」。やはり朝鮮時代のある巫歌の歌詞どおり、「国の真ん中に王宮があり」、その王宮にいらっしゃり天下を治める奏上殿下こそ「ニュース」の最初に配置しなければならない「主体中の主体」です。北朝鮮の「首領様」と「将軍様」たちをこちらで戯画化していますが、南韓の官の基本的な思考のフレームだってそれほど違うものではありません。「閣下」が出現され国政の懸案を賢明に処理し、天下を太平に治められた後は、天下の逆臣、極悪非道な犯罪者の順番です。児童性的虐待などの新たに明かされた「非道な犯罪」に関する、血を滾らせるようなニュースが流れた後、「閣下」とその忠臣たちが、どうすれば悪人を懲らしめることができるかについて長々と話します。「対策」「法案」「防止」「処罰強化」……。私はそのうち疲れ果て、全体の内容を捉えきれなくなってしまうものの、キーワードはすべて覚えています。ああ、天下の三綱五倫を乱す暴虐非道な輩を奏上が一罰百戒で罰し、それに基づいて天下が教化され、尭舜の時代が再び戻ってくる太平盛世の荘厳な絵は疲れ果てた目にも浮びます。
「非道な犯罪」、そして子供達を虐待し女性たちを犯す悪漢たちを確実に「ピンセットで抜く」ように懲らしめる至善の全能な私たちの国家……。こんな「ニュース」は聞けば聞くほど「現実」というより、ある想像された世界、メディアたちによって操られている世界のような気が強くします。「非道」……。もちろん児童に対する虐待も女性に対する性犯罪も異意をさしはさむ余地のない非道の極致なのです。誰も口をさしはさむべきではありません。ところが、世の中に非道というものはそれだけでしょうか。私の狭い見解ですが、最悪の非道の一つは人を飢えさせることです。ベルトルト・ブレヒト先生はあの有名な〈統一戦線行進曲〉でこれに関する―極めて単純な―考えをとても分かりやすく表現しています。
Und weil der Mensch ein Mensch ist, 人間は人間である以上
drum braucht er was zum Essen, bitte sehr! 彼には先ず食べ物が必要だ、何卒!
Es macht ihn ein Geschwatz nicht satt, 口先だけの言辞では
das schafft kein Essen her. 食べものは作れないのだ。
(http://www.youtube.com/watch? v=6Tz5daRrGDw&feature=related)
個々人の生活を背負わなければならない社会/共同体が弱者の立場になってしまった個々人の飢えを放置するならば、それは最悪な非道の一つです。本当に食べるものがなく、すなわち人口に比べて収穫量が常にやや少なく、追加分を買い入れる外貨がなく、栄養失調になっている北朝鮮の子供たちの写真を見ると心がとても痛みます。ところが食べ物が有り余っていても、それでも栄養失調になる南韓の独居老人たちを見れば、心をさらに百倍痛めたりしないでしょうか。皆が充分に食べていけるにもかかわらず、社会の病理的な構造によって食べさせられないということではないでしょうか。たまに南韓のメディア紙上にも栄養失調で死亡した独居老人のニュースが載ります(たとえば:http://imnews.imbc.com/replay/nw1200/article/2965755_5786.html )。もちろんそのようなニュースが流れても、「閣下」も特に反応がなく、誰も「非道な犯罪!特別法を制定せよ」などと声を上げたりしません。またニュースに出るのは氷山の一角で、実際にドヤ街でろくに食べられないまま死を寂しく待っている老人たちは少なくと数万人に達します。孤独とひもじさにくたびれ果てた年寄りたちの多くは、もはやこの地獄を見たいとは思わず、自ら命を絶つため、南韓の(75才以上)老人自殺率は10万人に160人、すなわち世界最高なのです。この偉大なる新記録に関しては「閣下」も「テンチョン・ニュ-ス」を流す(オーウェルの表現どおり)「真理部」(Ministry of Truth)も一度でもふれたことはあるでしょうか。まあ、謙譲の徳があまりにも漲りすぎておそらく発言を避けているようですね。
人を飢えさせることも非道であり、人にけがを負わせ墜落死、窒息死させて手足を失わせることも非道です。南韓では特に単純労務職、中でも工事現場の労働者にとって、職場は常に誰かが死亡し負傷する戦場です。韓国の去年の労災死亡率は勤労者1万人当り約1人(正確には0.96人)。たとえば日本より約5倍も高いのです。しかも工事現場で「外国人不法滞在」労働者が墜落死すれば、多くの場合はデータにも反映されないし補償もないため、これは実際より遥かに低い統計値といえるでしょう。台風がきただけで工事現場や造船所のような作業場では必ず何人かの「人足」「雑夫」が事故死し、メディアらがこのニュースを短信で流します(最近の事例の一つです: http://www.anewsa.com/detail.php? number=386983&thread=09r02 )。
誰がこれを「非道」と呼びますか。安全基準さえ高めれば十分に予防できる人災なのに、お金を「雑夫」の命より遥かに重んじる資本の態度は、明らかに「極悪非道」であるにもかかわらず、これは絶対にメディアたちが伝える「非道」ではないのです。「真理部」とその傘下の洗脳機関たちは、国家が可視的に懲治できる個々人の問題的な行動を「非道」と呼ひながら、そのような個々人を「制圧」できる国家にありとあらゆる〈竜飛御天歌〉などを歌っても、体制の犯罪―たとえば、弱者たちの栄養失調死や世界で最も多く最も恐ろしい労災死亡事件―に対してはなるべく詳しい言及を避けます。それはおそらくこの体制に忠誠を感じなければならない「閣下」の臣民たちの精神健康への配慮でしょうね。
私たちが「ニュース」を聞く時は、必ずメディアたちが想像し、捏造した世界に住んでいるような気がします。何人かの「非道な輩」を善良な我が国とその偉大なる指導者たちがうまく片付ける、そんな世界。その世界には弱者の孤立や孤独、栄養失調、殺人的な搾取、蔓延する労災と数えきれないほど傷つき、また死んでいく「人足」と「雑夫」たちの影は見えません。しかし、常に街で貧困と搾取を目撃しているにもかかわらず、私たちはなぜ「真理部」の言葉をそんなに真剣に受け止めているのか、本当に分かりません。私たちが放送局という職業的な嘘製作所をボイコットするという意味で、どうしてテレビの視聴を集団で拒否することができないのでしょうか。本当にブレヒトの言葉がいつも思い出されます:
Und weil der Mensch ein Mensch ist, 人間が人間である以上
Drum braucht er auch Kleider und Schuh! 私たちには先ず服と履き物が必要だ!
Es macht ihn ein Geschwatz nicht warm 口先だけの言辞や太鼓の音では
Und auch kein Trommeln dazu! 体を暖かく覆えない!
原文: http://blog.hani.co.kr/gategateparagate/52020 訳J.S