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「あなたが主張する権利のために」…ボルテールなきボルテールの精神【コラム】

登録:2026-07-28 01:18 修正:2026-08-02 00:27
2025年10月12日、ポーランドのワルシャワで男性がパレスチナ支持のデモに参加している/AFP・聯合ニュース

 いまでは想像することさえ難しい光景だが、与党「共に民主党」のチョン・チョンレ代表と極右ユーチューバーのコ・ソングク氏が同席して政事を論じたことがある。7年ほど前、韓国放送(KBS)の「ジャーナリズム・トークショーJ」という時事番組の第17回放送にパネリストとして出演したチョン・チョンレ氏は、当時はまだ国会に議席を持っておらず、討論相手として出演したコ・ソングク氏は、ユーチューブの個人チャンネルを開設して間もない時事評論家だった。当時二人が交わした対話からこのコラムを始めよう。この日の放送の討論テーマは「権力とメディアの癒着」で、これについてコ・ソングク氏が「党派的な立場を離れ、大局的な視点からメディア全体が自浄作用に努めるべきだ」というさほど目新しくもない意見を述べると、チョン・チョンレ氏が「私が名言を一つ紹介しよう」と切り出した。

 「私チョン・チョンレは、コ・ソングク博士の思想には同意しないが、彼が発言する権利のためなら、ともに戦う」

 二人はこの名言がフランスの哲学者ボルテールの言葉だと共演者たちに説明した。「これこそが、進歩か保守かを問わず、ともに守っていくべき民主主義の価値」だと述べたチョン・チョンレ氏の説明に、「ボルテールがコ・ソングクとチョン・チョンレを結びつけた」とコ・ソングク氏も同意した。向かい側で黙って聞いていたメディア学者のチョン・ジュンヒ氏のコメントで、和気あいあいとしていたこの日の対話は閉じられた。

 「ボルテールの言葉だと誤解されていますが、実際には別人の言葉です」

 この引用文の正確な文言は次のとおりだ。「私はあなたが主張することには同意しないが、あなたが主張する権利のためならば、命をかけて戦う」。表現の自由とは、本質的に「同意しない意見のための自由」であるべきだとする鋭い洞察が含まれている。不完全な人間が世界を理解する唯一の道は、それぞれ異なる複数の考えを突き合わせ、真理を探っていくことだからこそ、いかなる異論への窓口もむやみに閉ざしてはならないという自由主義の大原則だ。英文でも同じ表現(I disapprove of what you say, but I will defend to the death your right to say it)が広く知られていることから、韓国人だけがこの言葉の主を誤解しているわけではなさそうだ。名言の著作権者として名指しされた「ボルテール(Voltaire)」は、18世紀の啓蒙主義知識人の模範を示した思想家であり、文筆家のフランソワ・マリ・アルー(1694~1778)のペンネームだ。膨大な著書を残したにもかかわらず、ボルテール(Voltaire)という名前の意味は何か、文字の並びの由来は何かについては判明していないが、この偽りの格言がどこに起源を持つものなのかについては、詳細に解明されている。

 話は当時にさかのぼる。ルネサンスと宗教改革、科学革命の洗礼を受けた知識人階層が欧州各地で勢力を拡大し、カトリック教会の教理と絶対王政の権威から「理性的な個人」を解放しようとする反体制的な企画が各方面で展開された時代だ。このプロジェクトの一員だったフランスの哲学者、クロード・アドリアン・エルベシウスが1758年、『精神論』(De l'esprit)と題する著書を出版した。彼の著書は、同時代の啓蒙主義者たちの著作のなかで最も急進的な思想書だったため、反体制分子の取り締まりに余念がなかった教会当局や王室としては、見せしめにするのにふさわしいものだった。たとえば、エルベシウスが提唱した経験主義(先験的知識というものは存在せず、人間はひたすら経験と感覚を通じて後天的に自身を形成する)や唯物論的世界観(存在するものはすべて物質から成り立っている)などは、キリスト教が説く魂や霊的啓示、霊的世界の概念を真正面から否定するものだった。善と悪の基準を個々人の快楽と苦痛に還元する功利主義的なアイデアも同様に、既存の道徳観念を脅かす不穏な思想だと受け止められた。

 パリ高等法院、ソルボンヌ大学、教皇庁が声をそろえてエルベシウスを非難し、『精神論』は出版の翌年に禁書に指定され、公開の場で焼却された。その余波で1751年から進められていた啓蒙主義の共同プロジェクト「百科全書」シリーズの執筆が中断に追い込まれ、エルベシウス本人は3回にわたり、自身の哲学的立場を撤回すると表明せざるを得なかった。筆禍が日常茶飯事だった啓蒙主義時代の様相をうかがい知れる一例だ。歴史学者のエブリン・ホールは1906年、著書『ボルテールの友人』(The friends of Voltaire)でこの事件を取り上げ、「ボルテールはエルベシウスの著作が水準に達していなかったと考えたが、焚書には憤慨せずにはいられなかった」と記した。

 「『オムレツ一つで一体何の騒ぎだ』と、焚書の知らせを聞いたボルテールはそう叫んだ。取るに足らないことで1人の人間を迫害するとは、なんと恐ろしく不当なことなのか。『私はあなたの言葉には同意しないが、あなたが発言する権利のためなら、命をかけて戦う』、これが当時のボルテールの態度だった」

 この一節こそ、われわれが探し求めていた文言の出所だ。見ての通り、問題の文言を引用符で囲ったため騒ぎとなった。エブリン・ホールは1919年、ボルテール書簡集の翻訳を刊行し、エルベシウス事件と上記の文言を――引き続き引用符で囲んだまま――再利用し、この文言は一部の一般書やメディアを通じて「ボルテールの言葉」として広まった。真偽不明のボルテールの名言は学界でも話題になったためか、ほどなくして検証が行われたのは幸いなことだった。1943年、バーデット・キンネという研究者が、「現代言語ノート」(Modern Language Notes)という学術誌に「ボルテールはそれを言ったことはない」(Voltaire Never Said it!)と題する短い論文を寄稿した。彼はエブリン・ホールに直接問い合わせ、回答を得たが、その書簡のなかでホールは「お尋ねの一節は私自身の表現であり、引用符を付けるべきではなかった。意図せず、ボルテールの実際の引用であるかのように誤解させてしまったことをおわび申し上げる」と釈明した。

フランスの画家ニコラ・ド・ラルジリエールが1724~25年に描いたボルテールの肖像画=ウィキメディア・コモンズ//ハンギョレ新聞社

 いわば、ボルテールの精神を言い表した表現が、ボルテールの言葉として誤って伝わった事件だ。誤って伝わった事実関係を訂正する速度より、言葉が広がる速度のほうが速く、ボルテールの精神は――偽りの名言に込められたまま――韓国語話者にも届いた。事態がそうなった事情としては、いくつかの背景が推測できる。まず、この格言はボルテール本人の発言ではないにせよ、彼の哲学的志向と無理なく結びつくものであることは間違いない。発言者とのつながりは断たれてしまったとはいえ、どの面からみても妥当な文言であることから、この言葉は生命力を得たのだろう。

 何より重大な要因は、ボルテールの死から250年以上が経ったにもかかわらず、時代も文化圏も問わず、いたるところでボルテールの精神に対する政治的な需要が絶えなかったからだろう。支配的な理念や主流階級の利害に反する考えに向けられた暴力が、近代の入口に立った啓蒙主義者たちだけが直面した不条理ではないことを、われわれはみな知っている。遠くに例を求めるまでもなく、絶え間ない啓蒙の結果、欧州中心の合理主義が帝国主義や植民地主義に飛び火し、前世紀に人類がいかに人間の尊厳を蹂躪したのかについては、歴史の教科書に記されている。その惨劇が、本来的に内在していた啓蒙主義の限界にともなう当然の帰結なのか、それとも、依然として残る人間の蒙昧さの結果なのかについては、意見が分かれているが、おそらくボルテールならば、「啓蒙は未完のプロジェクト」(ユルゲン・ハーバーマス)とする立場に立っただろう。

 確実なのは、こんにちの表現の自由と「トレランス」(寛容)の問題は、さらに難しい問題になったということだ。自由の限界はどこまでなのか、非寛容は寛容の対象になり得るのか、ヘイト(憎悪)とヘイトではないことの基準は何なのかといった難題が浮上し、これと相まって、極端な方向に突き進む人たちが次第に大勢を占めるようになっているためだ。(「ボルテールと啓蒙主義(下)」に続く)

パク・カンス記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1223403.html韓国語原文入力:2025-10-15 13:56
訳M.S

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