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韓国、戦作権「2012年返還」約束されたのに…保守政権が繰り返し延期

登録:2026-06-24 08:57 修正:2026-06-29 10:15
2024年3月11日から20日にかけて、京畿道坡州市の臨津江で、韓国と米軍の将兵が合同で橋梁工事をおこなっている=在韓米軍のウェブサイトより//ハンギョレ新聞社

 韓国軍の作戦統制権をめぐる問題の発端は、1950年の朝鮮戦争にまで遡る。

 1950年7月14日、李承晩(イ・スンマン)大統領はダグラス・マッカーサー国連軍司令官に手紙を送り、「韓国陸軍、海軍、空軍に対する指揮権(現在の作戦統制権)」を移譲することを提案した。マッカーサー司令官が7月18日の返信でこれを受け入れたことで、作戦権は国連軍司令部に渡った。

 韓米は朝鮮戦争直後の1954年11月に締結した韓米合意議事録で、「国連軍司令部が大韓民国の防衛に責任を負う限り、その軍隊を国連軍の作戦統制権の下に置く」と規定した。

 国連軍司令部が行使していた作戦権は、1960年代に一部変化した。韓国と米国は1965年9月にベトナムに派遣された韓国軍の戦闘部隊に対する国連軍司令部の作戦統制を解除し、韓国に指揮させた。1968年に北朝鮮軍の特殊部隊が大統領府を襲撃した1・21事件の後には、同年4月に対スパイ作戦での韓国の作戦統制権が認められた。

 1980年代後半にさしかかって国力が増し、冷戦が雪解けを迎えると、韓国の戦作権返還に向けた努力は本格化した。

 1987年の大統領選挙で民主正義党の盧泰愚(ノ・テウ)候補は、「作戦統制権を回復する」という公約を発表した。金泳三(キム・ヨンサム)政権は1994年12月、第1次北朝鮮核危機などを理由に、平時作戦統制権のみを移譲された。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権は2007年2月に「2012年4月17日付で戦時作戦統制権(戦作権)を韓国に移譲する」ことで米国と合意した。4月17日は、李承晩元大統領が戦作権を移譲した7月14日を逆にしたものだった。

 しかし李明博(イ・ミョンバク)政権は2010年6月、北朝鮮の2回目の核実験(2009年)などの安保状況の不安を理由に、返還時期を2015年12月1日へと延期。続いて朴槿恵(パク・クネ)政権も2014年4月、北朝鮮の3回目の核実験などを理由に返還を延期した。韓米は、戦作権の返還時期は特定せず、両国が合意した転換条件が満たされた時点で戦作権を移管することで合意した。文在寅(ムン・ジェイン)政権は「迅速な戦闘権の移管」を強調したが、実現しなかった。尹錫悦(ユン・ソクヨル)前大統領は戦作権の返還に関心がなかった。

 このような紆余曲折の中で、韓米は戦作権の返還後の韓米連合司令部に代わる未来連合司令部について、第1段階の基本運用能力(IOC)の評価を2019年に、検証を2020年に終えている。第2段階の完全運用能力の評価は2022年に完了しており、今年秋に行われる第58回韓米年次安保協議会議でそれを検証する予定となっている。韓米の国防相は、第3段階の完全任務遂行能力(FMC)の評価と検証の完了後、韓米の大統領に移管日を提案することになる。李在明(イ・ジェミョン)政権は早ければ2027年末の戦作権の返還を望んでいる。米国は韓国よりも慎重な態度を示している。米国のヘグセス国防長官は先月30日、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議で、韓国への戦作権移管について「励みになる」と評価しつつも、移管の過程では米軍の作戦計画と責任の尊重との「バランス」を見出すべきだと強調している。

クォン・ヒョクチョル記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/1265004.html韓国語原文入力:2026-06-24 05:00
訳D.K

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