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災害メッセージも届かない…山火事があらわにした韓国の人口消滅地域の素顔

登録:2025-04-01 00:01 修正:2025-04-01 10:20
3月23日午前、慶尚北道義城郡義城邑の義城室内体育館に避難している被災者が、休息を取っている=キム・ヨンウォン記者//ハンギョレ新聞社

 慶尚北道の北部を灰にした超大規模山火事は、超高齢社会に突入した韓国の人口消滅地域の素顔をあらわにした。炎は高齢者に迫り、辛うじて避難した人々の暮らしも脅かした。

 今回の山火事がはじまった慶尚北道義城郡(ウィソングン)。山火事2日目の23日昼、臨時避難所が設けられた義城室内体育館の後方では、60人あまりの高齢者が並んで横になっていた。ある老人ホームの在所者のうち、どうにか動ける人たちが、前日にこの場所に避難してきたという。健康状態が良好でない在所者は別の療養施設に移されたという。

 高齢者たちは薄いマットの上に横になったままで、療養保護士たちに助けてもらわなければならなかった。肌がただれ、ひどくなると壊死(えし)することもある床ずれを防止するための空気循環マットは、避難所ではぜいたくのように見えた。車いすに座って自分で食事ができる高齢者はごく少数だった。ほとんどの人は体に不自由を抱えており、周りを見るために首を動かしているだけだった。

 仕切り一つもなく、並んで横になっている高齢者には、最低限の人権も許されていない。おむつを替える際には、療養保護士たちが布団をカーテンのように持ち上げて目隠しするのがすべてだった。四方が仕切られる救護テントが体育館の前方に並んでいる様子とは真逆だった。

 名目としては「管理の効率化」だ。世話が必要な高齢者に対して療養保護士が圧倒的に不足しているのだ。この日、現場にいた老人ホームの関係者は、「お年寄りたちをひと目で見渡せるようにしてお世話するためには仕方がない」と話した。

3月24日午前、慶尚北道義城郡丹村面兵防里の住民キム・スクチャさんが、面事務所に避難している=キム・ヨンウォン記者//ハンギョレ新聞社

 慶尚北道のイ・チョルウ知事は翌日の24日、この実態に言及した。この日午前、安東市(アンドンシ)の吉安面(キランミョン)事務所で住民の避難状況についての報告を受けたイ知事は、「施設におられた方々はできるだけ施設に避難させなければならない」と指示した。「見るのがつらい」と語るイ知事は、「観察者」の視線から抜け出せていない。

 25日、一瞬で生活の基盤を失った盈徳郡(ヨンドクグン)の4千人あまりの住民は、20カ所あまりの避難所で地獄のような夜を過ごした。最も多くの被災者が避難した盈徳国民体育センターには、救護テントがなかった。現場で取材に応じた盈徳郡の公務員は、突然のことで補給されたテントもないが、あったとしても設置できないと語った。救護テントを設置すると、この避難所に収容できる住民は100人あまりに限られてしまうというのだ。

 26日夕刻になると、昼にはあちこちにいた500人あまりの住民が体育センターに集まってきた。何人かは救護品として配られた布団を持って車へと向かった。比較的若い50代と60代の人々は宿泊施設へと向かった。避難所に残った住民の大半は高齢者だった。この避難所に救護テントが設置されたのは、災害発生から4日目の28日になってからだった。

3月26日午後、英陽郡英陽邑の郡民会館に設けられた避難所で、住民たちが夕食をとっている=キム・テヒョン記者//ハンギョレ新聞社

 避難所の高齢者たちは、毎日飲む血圧の薬や糖尿病の薬を持ってきておらず、焦りを見せていた。緑内障の治療を受けているハ・インスンさん(74、盈徳郡丑山面)は、火事で失った薬をもらうためにソウルの病院に行かなければならないと言って、27日未明から荷物をまとめて避難所をたった。

 避難所のトイレやシャワー室も、高齢者にとっては千里の道だ。廊下にあるトイレも移動が不自由な高齢者には行き来が大変だが、後に開放された盈徳文化体育センターのプールのシャワー室は実に500メートルも離れている。

 スマートフォンに慣れていない高齢者には、随時送られてくるはずの災害メッセージが届いていなかった。ほとんどの人は里長による村の放送を聞いたか、うっかり眠ってしまって人に担がれて避難してきたという。

3月26日、慶尚北道盈徳郡盈徳邑の路上で発見された山火事で焼けた車を、警察が調べている/聯合ニュース

 今回の山火事では、慶尚北道だけでも26人が命を落とした。ヘリコプター墜落事故で死亡した操縦士を除くと、住民の死者は25人。犠牲者の年齢層は50代2人、60代7人、70代2人、80代13人、90代1人。70代以上が16人で64%を占める。

 犠牲の大半は、砲弾のように降り注ぐ火の玉を避けることができなかったことによるもの。盈徳郡のある療養施設の4人の高齢者のうちの3人は、避難の途中で犠牲となった。3人の年齢は79歳、85歳、87歳。2人の職員が高齢者を車に乗せて炎から脱出しようとしていたところだった。車に火がつき、職員が1人の高齢者を何とか車外に避難させた時、車が爆発したという。

 義城郡のある村の人里離れた場所で一人暮らしをしていた高齢者(86)は、最期も孤独だった。この高齢者は、炎に襲われてから3日後になってようやく面事務所の職員に発見された。

山火事の被害にあった義城郡丹村面下禾1里の3月28日午前の様子。建物が焼け落ちている=キム・テヒョン記者//ハンギョレ新聞社

 今回の山火事は、ロマンのように思われている人口消滅地域での「田舎暮らし」の現実を赤裸々にあらわにした。厳しい挑戦をしていた青年、余裕のある老後を夢見ていた中高年は、廃きょとなった自宅を前にして膝から崩れ落ちた。蔚山市蔚州郡三同面(ウルサンシ・ウルチュグン・サムドンミョン)で牧場を経営するキム・ヨングァンさん(46)は、「人口消滅を防ぐとして様々な政策で移住を奨励しているが、今回の山火事は災害にぜい弱な農漁村の現実をあらわにした。一瞬にしてすべてを失うリスクを抱えて農漁村に来ようとする人はいないだろう。安全を保障する対策が必要だ」と語った。

チュ・ソンミ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/area/area_general/1189878.html韓国語原文入力:2025-03-31 18:43
訳D.K

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