小説は、「慰安婦」被害者の口述証言を本で構成するチームに参加した「私」ソン・ユンジュが、晋州(チンジュ)に一人で暮らす被害者のおばあさん、ファン・スナムを訪れ、彼女の言葉を録音しようとした1997年8月のある一日を背景としている。録音機と6本の録音テープを持ってきたが、スナムさんの口は固く閉ざされたままで、テープにはソン・ユンジュの質問とスナムさんの沈黙だけが蓄積されていく。だからといって成果がなかったとはいえない。スナムさんの沈黙も、厳然とした証言の一部だからだ。
「テープ起こしをするとき、彼女の沈黙も文字に起こし、記録しなければならない。彼女の表情、身振り、ため息、目の色、顔色、視線、瞳の震え、ためらい、涙も…。それらもまた彼女の発話されなかった言葉であるから」
『聞き取りの時間』でソン・ユンジュは、スナムさんの発話された言葉よりも発話されない言葉を多く聞く。スナムさんは頑固なほど沈黙を守っていたが、たまに脈絡のない言葉を一言二言つむぐ。「また来た…」「…なぜまた来たんだろう?」「…ようこ」「彼女が来たんだって…」「…なんで来たんだって?」「どうして… 今になって…」「話もできないってのに…」。後の部分はおそらく1997年8月4日に「慰安婦」出身でカンボジアに住んでいたが、約50年ぶりに帰国したフンさんを指す言葉だろうが、それさえも意味をなしてつなげることはできない。そして再びもどかしいような言葉がいくつか発話され(「連れて行った…」「私を…」「誰かいる…」「女…」)、ついに暗転。
スナムさんの沈黙だけが障害というわけではない。別々に暮らすスナムさんの妹は、スナムさんが精神病院に入院していた経歴を持ち出して口述を記録するのを妨げる。ソン・ユンジュの、そして作家キム・スムの「慰安婦」証言の聞き取りは、このような幾重もの難関を乗り越えてなんとか達成されたもの。小説の最後の部分でソン・ユンジュが幻聴のように聞くスナムさんの声が、キム・スムのその後の小説へとつながったことがいまや分かる。
「体を全部持っていった…/ それで…体がないんだ…/ 全部持っていって…/ 死ぬこともできない… 体がないから…/ 血は出る…/ 血は目から出るものだから…/ あの…洞穴の中…/ 目を閉じても血が流れる…」