大韓民国で暮らすのは安全なのか。このような状況で、真夜中に安心して眠れるだろうか。尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領就任から2年で大韓民国の安全保障は蜃気楼のように消えている。その空白を埋めるのは、刺激的だが空虚な言葉だけだ。その言葉の宴の中で、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核武力は日増しに発展し増大している。
今月2日に北朝鮮が発射した極超音速ミサイルは、大韓民国の国防がいかにずさんなのかを如実に示す例だ。ミサイル防衛網が実はあちこちに穴のあいた傘に過ぎないことが明らかになったからだ。
ソウルだと思ったのに烏山に落ちたとしたら
韓国国防部は、このミサイル発射の事実を把握したかも知れないが、弾頭の弾着点を正確に確認できなかったものとみられる。発射当日、合同参謀本部はミサイルの射程距離を約600キロメートルとし、咸鏡北道のアルソム(卵島)を通り過ぎて東海(トンヘ)に落ちたと発表した。しかしその翌日、北朝鮮の朝鮮中央通信はミサイル発射実験を実施したことを公表し、「1次頂点高度101.1キロメートル、2次頂点高度72.3キロメートルを記録して飛行し、射程距離1000キロメートルで朝鮮東海上の水域に弾着した」と主張した。射程距離だけでなく、飛行高度まで公開する自信を見せたが、その射程距離が合同参謀の発表より400キロメートルも長いと発表したのだ。
北朝鮮の発表が事実かどうかは確認できないが、朝鮮中央通信が公開した写真は、ミサイルの高度と航跡を示している。平壌(ピョンヤン)付近で発射されたミサイルが東北方向に飛行し、極東ロシアの海岸を挟んで左に旋回し、1000キロメートルほどの地点に落ちたもようだ。弾頭部の側面起動能力を確認したという発表と一致する。また、ミサイルが頂点に達してから滑空し、再び飛翔する形の「滑空跳躍型」の飛行軌道とも一致する。
ならば、韓国軍当局はこのミサイルの跳躍と旋回飛行を把握できなかったのではないか。単なる弾道ミサイルと考え、弾着点を間違って推定したのではないかという疑問を抱かせる。400キロメートルの誤差は実に長い距離だ。戦争状況だと仮定すれば、次なようなことが起きるだろう。北朝鮮がミサイルを発射し、韓国軍はその弾頭が釜山(プサン)に落ちると判断し、ミサイル防衛システムを稼動してその弾頭を迎撃したと発表した瞬間、核弾頭が日本の大阪で爆発する状況になるのだ。この程度なら、単に北朝鮮のミサイルの迎撃に失敗したのではなく、ミサイル防衛システムそのものが崩壊したと言うべきレベルだ。
むろん、北朝鮮の発表が誇張された可能性もある。だとしても、日本の自衛隊の発表と差がある点も無視できない。日本はミサイルの射程距離を「650キロ以上」と発表した。どちらが正しいかの問題は別として、韓国と日本の判断には50キロメートル以上の差があるわけだ。戦時なら、韓国軍は「北朝鮮のミサイルがソウルに弾着する」としてミサイル防衛システムを稼動したが弾頭は烏山(オサン)空軍基地に落ちた、という状況になる。
北朝鮮がミサイルを南に向かって発射すると仮定すれば、韓国軍はより正確に把握することができるだろう。だとしても、ミサイル防衛システムは数メートルの誤差も許されない精密なシステムであってこそ意味がある。核弾頭が飛んでくるのに、その弾頭を適当に当てては被害を防げないからだ。ウクライナでは、度々ロシアのミサイルを迎撃したのに、迎撃された弾頭がとんでもないところに落ちて爆発被害をもたらすことが起きていた。その場合でも核弾頭ではなかったため、大きな被害はなかった。しかし、核弾頭なら全く違う状況になる。核弾頭を装着したミサイルを迎撃することに成功したが、核爆弾そのものを破壊できなければ、核爆発物が龍山(ヨンサン)に落ちても、青瓦台に落ちても、ソウルは大破し、甚大な被害を被ることになるからだ。だからこそ、核ミサイルを迎撃するミサイルは微細な誤差も許されない。なのに、400キロメートルまたは少なくとも50キロメートルの誤差とはあきれるばかりだ。これは防衛システムの信頼度を高めることで解決できる問題ではない。システムの設計そのものを見直さなければならない。
核ミサイルの高度化に「事実上無防備」
まともな政府なら、今頃大騒ぎになっているはずだ。合同参謀本部に「北朝鮮が主張する飛行距離は誇張されたもの」だと自己弁護に走らせるのではなく、大統領室自ら乗り出して監査に着手しなければならない状況だ。正確な弾着点がどこだったのかを客観的な情報で確認し、北朝鮮の主張が誇張されたのか、合同参謀の発表が不正確なのか、日本の発表が間違っているのか、韓日間の違いはどこから生まれたのか、厳密に調査して対策を立てても足りない状況だ。国家の安全保障と市民の安全に責任を負う政府なら、当然すべきことではないか。
しかし、尹錫悦政権ではこのような責任感はなかなか見当たらない。韓国外交部のイム・スソク報道官が出てきて、「朝鮮半島と国際社会の平和と安定を深刻に脅かす明白な挑発行為として強く糾弾する」などとのんきな言葉を並べているだけだ。韓米日の連携も虚しいのは同じだ。韓国のイ・ジュ二ル北朝鮮核問題外交企画団長と米国務省のジョン・パク北朝鮮担当高官、日本外務省の浜本幸也外務省アジア大洋州局審議官が「北朝鮮の弾道ミサイル発射は多数の国連安全保障理事会決議に違反するものであり、朝鮮半島と国際社会の平和と安定を深刻に脅かす明白な挑発行為」だと強く糾弾した。強力な糾弾で果たしてミサイルを阻止できるだろうか。
経済制裁もすでに効力を失っている。制裁が問題ではなく、新型コロナウイルス感染症のパンデミック期間中、自ら国境を封鎖した状況でも、北朝鮮は核兵器の大量生産に邁進(まいしん)し、多種多様なミサイルを開発し配置してきた。北朝鮮がミサイル発射実験を行ったにもかかわらず、国連安全保障理事会は制裁決議案さえ採択できないまま、すでに数年が経った。国連の制裁専門家パネルは近く解体される。北朝鮮の核ミサイル開発を阻止するための制裁は、その目的の達成に完全に失敗し、有名無実化して久しい。
韓米日はまた、朝鮮半島における米国の戦略爆撃機「B-52H」の展開に合わせ、済州(チェジュ)東南方面の韓日の防空識別圏(ADIZ)が重なる区域で、今年初の空中訓練を行ったという。おそらく事前に計画された訓練だったであろうが、たとえ北朝鮮のミサイル発射に対応した訓練だったとしても、韓国防衛の穴を埋めることはできない。核弾頭が爆発した後に戦略爆撃機が朝鮮半島に入ったとしても、何の役にも立たない。すでに死んだ人が生き返るわけでも、破壊された市街地が復旧されるわけでもないのだ。
尹錫悦政権の掲げた「力による安全保障」は、このように「穴のあいた安全保障」となって我々に跳ね返っている。北朝鮮の核・ミサイルで大韓民国の防衛網は破れた傘になってしまっているのに、尹政権は一体何をしているのか。もはや完全に新たな代案を模索すべきではないだろうか。