グローバル超一流企業として君臨するサムスン電子は、今や韓国だけの企業ではない。超国籍企業サムスン電子は、世界の人々にどんな姿に映っているのだろうか。サムスン電子で働く労働者は、サムスンに対してどう思っているのだろうか。特にサムスン電子の主要生産基地に浮上したアジア地域の労働者の暮らしと労働の現実はどうなっているのだろうか。この質問の答えを得るために、ハンギョレはベトナム、インド、インドネシアのアジア3カ国9都市を訪ねた。2万キロ余り、地球半周分を巡って136人のサムスン電子労働者に直接会って質問調査した。国際労働団体がサムスン電子の労働条件に関する報告書を発刊したことはあるが、報道機関としては韓国内外をあわせて最初の試みだ。10人の労働者に深層インタビューし、20人余りの国際経営・労働専門家にも会った。70日にわたるグローバル・サムスン追跡記は、私たちが漠然とは察しながらも、しっかり見ようとしなかった不都合な真実を暴く。真実に向き合うことは、そのときは苦痛かもしれないが、グローバル企業としてサムスンがブランド価値を高めるためには避けられない過程だと判断する。5回に分けてグローバル超一流企業サムスン電子の持続可能性を尋ねる。
サムスンのアジア下請労働者は、命を賭けて仕事をする。ギャラクシーの部品を作るが、下請所属という理由でいっそう危険な作業環境と劣悪な処遇に露出する。月給はサムスンの非正規職労働者の半分余り、毒性化学薬品に露出し、作業中に指が切られる負傷を負った労働者もいる。
ハンギョレは5月中旬、インドネシアのチカランサムスン電子工場の周辺にいたサムスン下請労働者に会い、その実態を調査した。インドネシアの部品直輸入禁止政策で、多くの韓国の下請け企業がサムスンと共に現地に進出している。多くの下請は、サムスンから受けることになる不利益を憂慮して取材を拒否した。約束当日に突然連絡が途絶えた取材源もあった。
最も積極的に取材に応じた事業場は、サムスンにイヤホンとUSBケーブルを納品しているロンビンの労働者たちだった。チカラン工場から車で4時間余り離れたスカブミ地域にあり、サムスンの圧力が少ないところだ。ロンビンには、約3800人の労働者が働いている。生産品の60%以上をサムスンに供給する。
毒性物質への露出、指の切断事故…
ロンビンの労働者は、最近まで毒性化学物質のトルエンに露出していた。サムスンのイヤホン製造工程で、不純物を洗浄するためにスポイトにトルエンを入れて使った。有害化学物質であり、世界保健機構が使用を制限しているトルエンは、呼吸器を通じて身体に吸収され、長時間にわたり過多露出すれば、嘔吐、けいれん、ひどい場合には死亡することもある。サムスンが2018年の持続可能経営報告書に使用を制限すると明らかにした薬品でもある。
7年間この工場で仕事をしたユリヤンティさんは「(トルエンが)危険な薬品とは知らずに使っていた。嘔吐したり、からだに水泡やじんましんができる同僚が多くて問題があることを知った」と話した。労働者たちは、毒性物質を扱うのにもマスクや保護装備は支給されなかったと話した。さらに、薬品購買費を減らすために、密閉された小さな倉庫で使ったトルエンの不純物を除去するリサイクル作業もしたと説明した。ユリヤンティさんは「ほとんどが地方出身なので、危険な労働環境に対する問題意識がなく、目がくらみそうになっても我慢して仕事をした。保護装備を自費で買うのが嫌で、着けずに勤めていた。肺病にかかった同僚もいた」と話した。
インドネシアの労働保健団体であるLIPSが昨年末、報告書にロンビンのトルエン使用を公開的に批判した後、現在は刺激性がやや弱いと言われるエチルアセテートが使われている。だが、依然として目まいを訴えたり皮膚がむける労働者が多い状況だ。ロンビンの労働組合は「大部分が短期契約職で、毒性薬品を使用した後遺症は退社した後にも現れうる。薬品を扱う労働者に十分な保護装備を支給しなければならない」と要求した。ロンビンでは、4月にUSBケーブルの生産ラインで働く労働者が、機械で指を切断される事故も起きた。
LIPSのアルピアン研究員は「サムスンの下請労働者は、本工場以上に危険な環境で仕事をする。サムスンが部品単価を下げるほど、下請の処遇はさらに劣悪になる。表面化はしていないが、多くの下請労働者が職業病や労災を体験していると報告された」と説明した。LIPSは最近、ギャラクシーの包装箱に入れる案内文を製作するある下請業者の労働者が肺がんで死亡した事例を紹介した。高温作業中に蒸発したインクの毒性物質に長時間露出したことが肺がんの原因と推定される。
強制超過勤務、ブローカーの斡旋が横行
サムスンの下請労働者にとって“強制超過勤務”は日常だった。ロンビンの場合、あるラインの30人に割り当てられた作業量は、1時間にイヤホン3500個を組み立てること。単純計算で、1人が30秒で1個を作らなければならなかった。ロンビンで3年以上働いたイルヤさん(仮名・28)は、「小さな部品を細かく組み立てる作業なので不良が出やすい。仕事に慣れた労働者がトイレに行けずに仕事をしても目標を満たすことは難しかった。速度が遅ければ、管理者から犬や豚というような罵りを受けながら仕事をした」と話した。
工場は、2交代(組立工程基準で午前班7時45分~15時45分、午後班19時45分~翌日5時)で回っていた。決められた勤務時間内に割当量をこなす場合はほとんどなく、労働者は交代時間が過ぎても働かなければならない。その場合、超過勤務手当は支給されなかった。具合が悪くても休めず、休暇を使えば(医師の所見書があっても)賃金がカットされた。このように働いても、ロンビンの労働者が受け取る月額賃金は約300万ルピア(2.5万円)。残業と年次手当をすべて合わせた包括賃金だ。サムスンのチカラン工場の非正規職の月給約600万ルピア(超過勤務手当含む)の半分だ。
大部分は3~6カ月単位の超短期契約職だった。ロンビンの労組は、非正規職比率を90%と推算した。スディアンティ労組委員長は「10年前には正規職が半分以上だったが、既存の正規職を契約職に切り替えて、契約職がとても多くなった」と説明した。労組は、サムスンの単価引き下げ要求に合せて人件費を下げるための変化だと解釈した。
働き口が不安定になると、金を受け取り採用を斡旋するブローカーまで横行するようになった。ロンビン労組は「内部事情に詳しいブローカーが、求職者から(一カ月の賃金に相当する)300万ルピアを受け取って採用を斡旋している。既存の労働者も、契約が満了して再び仕事をするには100万ルピアを(ブローカーに)渡さなければならない」と明らかにした。ブローカーの採用斡旋は現地の労働法違反であり、サムスンが根絶を約束した悪習だ。
「元請」サムスンは“なれ合い”監査
不法行為を管理・監督するためのサムスンの下請監査がなれ合いで行われているとの指摘もある。匿名を要求したサムスン下請労組の元幹部は「下請の管理者たちは、サムスンから監査が来るという事実をあらかじめ知って準備した。サムスンは、下請が決めた(返事を準備した)労働者だけに会い監査を終えた。こうした偽り監査では、下請問題を絶対に解決できない」と指摘した。ロンビンの労組も昨年、管理者たちがサムスンの監査が来ることをあらかじめ知って、労働者たちと口裏を合わせたと明らかにした。
取材中に会ったインドネシア金属労働者連盟(FSPMI)とサムスン下請関係者たちは「他の下請け事業場もロンビンに劣らずきわめて劣悪だ。超過勤務、低賃金、危険な労働条件は、多くの下請労働者が体験している問題」と話した。「サムスンが下請業者間の納品単価引下げ競争を誘導し、その被害はそっくり下請労働者に転嫁された結果」という説明だ。匿名を要請したある下請業者の関係者は「いつ(サムスンの)物量が途絶えるかも分からないので、正規職を雇用して良い待遇を提供できるわけがない。(劣悪な処遇を)下請の過ちとばかり見ないで欲しい」と話した。
サムスン電子はグローバル企業として、現地法と「責任ある企業連合」(RBA)の行動規範を誠実に守っていると説明した。だが、現場で会ったサムスン下請労働者に、非自発的超過勤務の禁止、安全な勤務環境提供などの国際規範は適用されていなかった。