7日午後2時5分頃、ほとんど3ケ月間にわたり沈黙を守ってきた板門店(パンムンジョム)のわが方地域にある平和の家に設置された連絡事務所の電話のベルが鳴った。 北韓の祖国平和統一委員会スポークスマンがこの日「午後2時に板門店赤十字連絡通路を稼動させる」と宣言した通り、電話を先にかけてきたのは北韓だった。 去る2月、北韓の第3次核実験以後、南北間の軍事的緊張が最高潮に上り詰めていた3月11日、北韓が一方的に通信線を断絶し正確に89日ぶりに再びつないだ瞬間だ。
"電話開通します" (北韓連絡官)
"分かりました。 それでは暫くして私たちの立場を伝達します。" (韓国連絡官)
キム・ヒョンソク統一部スポークスマンは記者ブリーフィングで 「北韓が予告した通り午後2時を少し過ぎて先に電話をかけてきた」として、南北間通信線が復旧した事実を確認した。 しかし政府は12日ソウルで長官級会談を持つのに先立ち9日に開城で実務会談を先に開こうという北韓の修正提案に対する立場を午後2時には未だ決められずにいた。 したがってこれに関する即答は出来なかった。 結局、政府の立場が決まった午後4時5分頃、北韓の実務会談提案を受け入れる代わりに会談場所を開城から板門店(パンムンジョム)に変更しようという内容の電話通知文を北韓側にファックスで送ることができた。 韓国側の修正提案に対する北韓の回答はこの日午後5時現在、伝えられていない。
この日復旧した板門店連絡事務所通信線は、この間南北関係の状況を見せる試金石の役割をしてきた。 南北は1992年2月南北基本合意書採択以後、通信線設置に合意した。 その年の9月、韓国は板門店軍事停戦委員会本会議場周辺の自由の家に、北韓は北側の統一閣にそれぞれ事務所を置き、互いに直通線を連結した。 この線を通じて南と北は22年間にわたり休日を除く毎日、午前9時に業務開始、午後4時に業務終了を知らせる電話連絡をしてきた。
北韓はこの線をたびたび自分たちの不満を表現する手段としても活用してきた。 統一部関係者は「南北関係が梗塞すれば北韓は自分たちの不満を表わすために通信線を遮断した。 しかし線を物理的に切るのではなく、わが方の連絡官がかける電話を受けないだけだ」と説明した。 この場合、南北は急を要する場合には西海岸(ソヘアン)の軍通信線を利用して連絡を取りもした。
今回以前に通信線が断絶したことは、2010年3月天安(チョナン)艦事件直後だ。 北韓は政府が開城工業団地を除くすべての経済協力事業を中断した‘5・24対北韓制裁措置’を出すと何と8ヶ月間にわたり通信線を断絶した経緯がある。
キル・ユンヒョン記者 charisma@hani.co.kr