東海(トンヘ)を日本海と書くと韓国人は怒る。独島(ドクト)を竹島と言うともっと怒る。ところが、その東海を泳ぐ「韓国コククジラ」(Korean Gray Whale)が絶滅の危機に瀕しているという事実については、まったく関心がない。韓国コククジラは韓国人が付けた名称ではなく、外国人が先に名付けた、国名の入る唯一のクジラであるにもかかわらずだ。
世界のコククジラは、太平洋を挟んで北米海岸に住むコククジラと、アジア側に生息するコククジラに分かれるが、アジア側に住むコククジラが、いわゆる韓国コククジラだ。このクジラは、夏にはオホーツク海で餌を食べ、冬には朝鮮半島海域を含む南側の海に移動する。ならば、なぜ韓国コククジラなのか。
1912年、米国のクジラ学者、ロイ・チャップマン・アンドリュースがコククジラを研究するために、蔚山(ウルサン)の長生浦(チャンセンポ)を訪問した。アンドリュースは1年にわたり長生浦に滞在し、コククジラを研究した後、米国に戻り、コククジラに関する論文を出した。この論文がクジラに関する最初の学術論文になり、以降、クジラ研究のガイドブックとなった。アンドリュースはこの論文で自分が研究したコククジラを「Korean Gray Whale」と初めて名付けた。その後、クジラの研究者たちが太平洋西側のコククジラを自然と「韓国コククジラ」と呼ぶようになったのだ。
7000年前に原始人が刻んだ盤亀台(パングデ)岩刻画にも、コククジラの絵が鮮明に残っている。そして、1940年代までの捕鯨記録をみても、アジア側のコククジラのほとんどが、朝鮮半島の東海で捕獲された。これだけの事実があれば、「韓国コククジラ」と呼ぶに十分ではないか。韓国語でコククジラを意味する「鬼神鯨(クィシンコレ、“お化けクジラ”の意味)」という名称も、当時の捕鯨者たちが付けた名称だ。捕鯨船が追うと、このクジラは非常に逃げ足が速いうえ、隠れるのも得意なため、神出鬼没という意味を込めて捕鯨者たちが「鬼神鯨」と呼んだのだ。
しかし、あまりにも多く捕りすぎたからだろうか。1900年代に入ると、韓国コククジラの数は急減し、1977年以降、朝鮮半島の海からコククジラは完全に消えた。そのため人々は、韓国コククジラはもはや絶滅してしまったと考えた。しかし、奇跡が起きた。1990年代初頭、ロシアのオホーツク海でふたたびコククジラの群れが発見されたのだ。それは絶滅した動物が再び現れた初めての事例でもあった。
筆者は2004年にテレビ・ドキュメンタリーを演出し、サハリン北側のオホーツク海で放送史上初めて韓国コククジラを撮影した。夏の間にその地で観測されるコククジラの数はせいぜい100頭ほどだが、問題は、韓国コククジラの生息地に近い海において、ロシアが石油と天然ガスを開発することで発生する水中の騒音や石油の漏出などによって、韓国コククジラの生息地が深刻に脅かされているということだ。
コククジラは、夏は北の海でプランクトンを食べるが、冬は北の海が凍るため、南に移動しなければならない。11月から4月の間にコククジラは、明らかに朝鮮半島の海を含むアジア側の海岸のどこかに留まっているはずだが、なかなか発見されない。2015年には道に迷ったコククジラ1頭が江原道三陟(サムチョク)港で目撃されたことがあった。100頭ほどのクジラが広い海に分散しているのだから容易に探せるはずがない。
韓国の海でコククジラを見つけるのが困難になるにつれ、韓国コククジラという名称も徐々にすたれつつある。現在、国際学術会議でも、韓国コククジラの代わりに「アジアン・コククジラ」や「西太平洋コククジラ」と呼ばれることが多くなった。
コククジラがオホーツク海から南に回遊するのであれば、明らかに豆満江(トゥマンガン)の河口を通過し、北朝鮮の海岸を経て、韓国に回遊してくるだろう。だからこそ、コククジラの回遊研究には、韓国と北朝鮮の情報交換と協力が必須だ。南と北がコククジラの回遊を共同で研究すれば、コククジラとともに統一が訪れるかもしれない。
古くからわが民族はクジラと関係が深い。妊婦がワカメスープを飲むのも、クジラから学んだものだ。朝鮮中期の実学者の記録には「今しがた、子どもを産んだばかりのクジラの腹の中をみると、ワカメがいっぱいだが、悪血が溶けて水になっていた。その後、妊婦の回復にワカメが良いと考え、ワカメを食べるようになった」と記されている。
いまこそ、韓国人が韓国コククジラの探索に乗り出すべきときだ。韓国コククジラの保存と研究に、よりいっそう力を注ぐ必要がある。絶滅の危機に瀕する韓国コククジラを再生することは、東海というわが民族の海の名称をより広く知らしめるのはもちろん、失われたわが民族の自然史の1ページを再び取り戻すことになるだろう。
イ・ヨンフン|作家 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )