果たして経済的困難のせいなのだろうか。ペンシルベニア大学のダイアナ・ムッツ教授はこのような疑問を抱いた。2016年の米国の大統領選挙で、予想を覆してトランプが勝利して以降、様々な解釈が登場した。労働者階級の取り残された人生に起因する、彼らの抵抗としての投票が生んだ結果だという物語が、多数の同意を得た。しかし、ムッツが様々なデータを分析して得た結論は異なっていた。「決定的な要因は地位の脅威(status threat)だ」
白人、キリスト教徒、男性であるというアイデンティティーを持つ有権者が、自分たちの優越的地位が脅かされていると感じることは二つあった。一つは、多数派だった白人としての人種的優位が脅かされることによる恐怖。非白人が白人を数的に圧倒する、いわゆる「巨大な交替」に対する恐怖だった。これは移民に反対し、不法滞在者の大量追放を荒々しく叫ぶトランプに対する支持へとつながった。
もう一つは、世界的に米国が覇権国家としてのヘゲモニーを失っていくことに対する恐怖だ。冷戦終結後、他国にとって侮れない絶対的地位を享受していた米国が、数ある大国の一つへと転落しつつあるという懸念は、自然と覇権競争を繰り広げる中国に対する反感として表れた。これはまた、他国ばかりを豊かにする自由貿易に対する反対、保護主義へとつながった。トランプの「米国を再び偉大に」というスローガンは、この感情を的確に狙った、非常に効果的な刺激だった。
バンダービルト大学のジョン・サイズ教授らの共同研究も同じ脈絡だ。彼らのみるところ、収入ではなく教育が投票パターンの変化の最大の理由だった。教育水準が低いほどトランプ支持者が多く、これもまた単に自分たちが直面している経済的困難ではなく、人種と民族(ethnicity)に対する態度から生じていた。言いかえれば、経済的に立ち遅れているという幅広い認識ではなく、一生懸命働く白人労働者が自分たちほど貢献していないマイノリティ人種出身者に自分の地位を奪われていると認識しているせいだった。
では、2016年に突如なぜ地位の脅威が勝敗を分ける要因になったのか。すでに形成されていた流れや問題意識を、トランプが中心争点へと引き上げることに成功したからだ。世論分布上の急激な変化や、突如起きた大事件があり、それにトランプが機敏に対応したから、ではない。トランプは、そもそも存在したその問題を「いくつかの問題の中の一つ」から「最も重要で最も敏感で最も目立つ」問題へと作り変えた。党派的メディアの扇動、SNSのフィルターバブル効果、福音主義者が中心となったキリスト教右派の支援も非常に大きかった。
プリンストン大学のラリー・バーテルス教授は、通念の誤りを鋭く指摘する。「私たちはポピュリズムについて誤解している」。西欧の民主主義諸国においてポピュリズム政党や候補の支持を増やしている動力は、経済的な不満ではなく、文化的な懸念だ。数十年間にわたって進められてきた人種平等闘争による成果とそれによる社会的変化、キリスト教の衰退現象と文明の衝突が、自分たちの本来のアイデンティティーをむしばんでいるという恐怖がそれだ。移民に対する反対は、最も具体的で共通して確認される、身近な亀裂として定着している。
だがバーテルス教授は、もう一つの誤解も批判する。反移民感情というものも、移民の多さのせいで発生しているわけではないということだ。ドイツやスウェーデンのように移民が大量流入した国では、むしろ移民に対する友好的世論が強く、2015年にはじまった欧州の難民危機にもあまり影響を受けなかった。一方、ハンガリーやポーランドは移民をほとんど受け入れていないため、移民の割合が相対的に非常に低かったにもかかわらず、反移民感情が激化した。なぜこのような違いが生じたのだろうか。答えはその国の政府や特定の政治勢力が移民を政治的いけにえにしたか、そうでないかにあった。まず世論が形成され、政治指導者たちがそれに反応したのではなく、彼らが世論形成を主導したということだ。
韓国においても地位の脅威というフレームに注目する必要がある。もちろん、極右の社会経済的基盤が狭く、移民やムスリムのような他国の極右の動員素材となった文化的争点もほとんどないため、極右にとって扇動が効果を上げにくい不毛な土壌であることは明らかだ。一部では嫌中民族主義を推し進めているが、根拠が弱い。「1992年の国交樹立から2022年までに、韓国の対中貿易黒字の累計は7068億ドルに達した。同期間の韓国全体の貿易黒字は7688億ドルだった。貿易黒字の91%が中国から得たものだ。1990年代以降、韓国経済は中国に輸出して稼いだ金で生きてきたと言っても過言ではない」(キム・ハッキュン、『グローバル化の損益変化とその不満』)。THAAD事態以降、両国関係は非常に悪化しているが、米国で中国が象徴するほどの象徴性と体感性はない。
韓国の極右カルテルが地位の脅威を最も重要な争点にすることに成功すれば、版図を揺るがす強力な脅威となり得る。まず、世論調査で与党「国民の力」を圧倒的に支持する60代以上の老年層が抱いている地位の脅威がある。有権者集団としての彼らは国民の力に対して強い愛着を示す一方、政治的反対者である民主党に対しては強い敵対感情を表出する。程度でみれば、愛着より敵対感情の方が大きな党派的な誘引要素になっている。そのうえ彼らの生活は苦しく孤独だ。「老人のための国はない」という言葉どおりだ。若いころ、彼らは成長と反共の日常を送った。今は成長も、反共も以前とは変わってしまった。情報技術(IT)の日常化、ジェンダー的生活スタイルの変化による文化的遅滞を感じ、反感も抱く。
最近のソウル漢南洞(ハンナムドン)の大統領官邸前の弾劾反対集会や1月19日の西部地方裁判所で起こった暴動では、20~30代の男性の参加が目立った。弾劾賛成集会に若い女性たちの参加が目立つのとは対照をなす時代的風景だ。20~30代の男性全体が極右化しているという兆候はまだない。ただし、彼らの抱く反フェミニズム感情、それよりは弱いものの反北朝鮮・反中の感性が極右によって歪曲される可能性は、なくはない。生活において感じる不安と不満を嫌悪と敵対感情へと拡大再生産するソーシャルメディアのプラットフォームのAIアルゴリズム、ユーチューブなどのソーシャルメディアでの扇動、そして極右プロテスタントの支援などが、「新たな事実」にとどまらず「新たな世界」を作り出すこともありうる。若い男性たちの反フェミニズム感情と老年層の反共が出会い、両者が共に抱いている地位の脅威が彼らの共通の敵に対する反感に刺激され、政治的連帯と勢力化が推進されることもありうる。
主流政党の選択とリーダーシップが重要だ。近代化の主役だったというレガシーを持つ国民の力は、保守政党から極右政党へと変身しつつある。国民の力の源をたどると、過去の軍事政権に行き着く。そのためか、国民の力は尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権の極右的態度に同調したり支援したりするだけで、民主主義と憲法を掲げてブレーキをかけたことは一度もなかった。そのような政党なので、極右へと自ら変身しつつあることにそれほど違和感はないが、その露骨な言辞と急激さだけは本当に意外だ。
国民の力の極右化という選択も、地位の脅威で説明できる。過去2度の総選挙で大敗するなど、最近の選挙で国民の力とその前身政党は過去の圧倒的優位を失い、少数派へと転落する過程にある。華やかな過去に対するノスタルジアは極右へと導くサイレンの誘惑だ。しかし、極右スタンスでは多数の連合を構築することは難しい。極右化を制圧するほどの鮮明なリーダーシップと差別性を持った候補が騒々しい党内選挙を経て「脱尹錫悦」に成功すれば、それは可能かもしれない。
だが、その「成功」も容易ではないが、彼らだけがうまくやってもうまくはいかない。反対者の油断と戦略的な判断の誤りが伴わなければならない。国民の力は従属変数にすぎず、次の大統領選挙の独立変数は民主党だ。つまり、民主党にかかっているということだ。
イ・チョルヒ|放送で政治評論の後に政界入り。第20代国会議員、文在寅政権最後の政務首席を務めた。2020年に「大統領弾劾の決定要因の分析:盧武鉉大統領と朴槿恵大統領の弾劾過程の比較」で政治学の博士号を取得。著書に『第一人者を作った参謀たち』、『政治は私の人生を変えられるのか』、訳書に『進歩はどのように多数派になるのか』など。韓国政治の悪化の原因、何が問題なのか、どうすれば良くなるのかなどについて率直に語りたい。 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )