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超少子化、余裕のない暮らしの陰【朴露子の韓国、内と外】

登録:2024-07-10 20:19 修正:2024-07-11 10:58
イラストレーション:キム・デジュン//ハンギョレ新聞社

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が「人口国家非常事態」を宣言したというニュースを見た。超少子化対策を任期満了までの主な国家政策にする決心を発表したのだ。きわめて悲壮に聞こえる宣言だったが、これは初めての少子化対策でもない。韓国の少子化対策は、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代の2006年に第1次少子化・高齢社会基本計画が樹立され本格化した。その時から2020年代初めまで、少子化対応予算として支出された金額だけでも280兆ウォン(約32兆円)ほどだ。もちろん、そうだとしても少子化対応と関連した韓国の政府支出は比較的低い方だ。「家族支出」(児童手当、育児休業給付、保育サービス支出など)の規模が国内総生産(GDP)に占める割合は韓国は1.37%に過ぎないが、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均は2.12%にもなる。それでも盧武鉉政権の時から始めて保育・住居支援など新婚・育児家庭のためのそれなりの福祉網をある程度構築したということも事実だ。

 にもかかわらず、少子化対策が始まった2006年に1.13だった出生率は、今年に入って0.68まで低下する見通しだ。世界最低のこの超低出生率を、今回発表された対策ではたしてこれ以上墜落しないようにできるだろうか?私は、不可能だと思う。これまでの対策も、尹大統領が発表した新しい対策も、超少子化の根本原因を解決できるレベルの措置ではないからだ。その根本原因はまさに「余裕の不在」だ。

 繁殖とは、はたして人間の根本的な欲求なのだろうか。かの有名なマズローの欲求段階説では、性と繁殖が一次的根本欲求となっているが、これはマズローの論文が発表された1943年の「常識」と現実を反映したものだ。1943年当時は、先進国も包括的な老年年金制度を運営できていなかった。世界の人の大多数にとって老年に扶養を受けられる唯一の希望が、当時は「子ども」であり、繁殖は結局、老後対策でもあった。しかし、今の現実はその当時とは雲泥の差がある。韓国のように老年年金制度が不十分な低福祉先進国でも、「親を扶養する子ども」というのは次第に昔話になりつつある。つまり、繁殖はもはや老後対策ではない。

 では、後期資本主義社会で繁殖とは何だろうか。結局、マズローが最高の欲求段階の一つに設定した自己実現の一種として繁殖が定着することになるのだ。子育てをしながら親も成長し、達成感を感じ、自らもっと完全な大人になる。同時に、子どもの存在は老後の対策とまではいかなくとも、少なくとも一定の期間、孤独を癒す対策程度にはなる。子どもがいれば、万人がお互いに無関心な後期資本主義社会の最大の苦痛の一つである寂しさを癒すことができる。そのため、寂しさが大きな社会的問題になる北欧諸国は、出産率がむしろ比較的高い方だ。実際、デンマークの出生率は1.72で、スウェーデンも1.67だ。しかし、繁殖がいくら孤独対策や自己実現の次元で重要だとしても、決して現代人の一次的な根本欲求ではもはやない。後期資本主義時代には繁殖とは贅沢だ。できればいいが、できなければただ諦めるのだ。このような贅沢を享受するためには、個人に余裕が必要だ。まさにその余裕が、富裕な国である韓国にはなくなって久しい。国は金持ちで賃金も世界的に高い水準に属するが、特に住居や私教育(塾や習い事など)の費用が過重で、最近は生活物価まで非正常的に跳ね上がっている。国内総生産に対する家計負債が100.5%で世界4位になったのは、このような事情によるものだ。これはユーロ圏より2倍以上で、米国(73.1%)よりもはるかに高い。手に余る借金を抱えて生きる人々にとって、子づくりの計画は容易なことだろうか。

 金銭的にもますます余裕がなくなっているが、それ以上に時間的余裕がないというのが韓国型資本主義の特徴だ。韓国の会社員の一日平均勤務時間は9時間47分で、先進国の中で依然として一番長い方に属する。平均睡眠時間は6時間41分で、ノルウェーの会社員よりほぼ1時間短い。時間の貧困とともに職場の安定性の貧困は韓国人から余裕を奪う。韓国の会社員全体のうち、公共部門で働いているのは約10%、大企業で働いているのは約14%だけだ。では、残りの76%はどこに雇用されているのか。彼らはいつ危機に陥って潰れたり、リストラの嵐が吹くかわからない中小・零細企業に勤めている。

 尹大統領が悲壮な言葉遣いで提示した超少子化対策の一つは「現在6.8%(2022年基準)に過ぎない男性育児休職の使用率を任期内に50%水準に大幅に高める」ということだ。抱負はいいが、常に危機に瀕している中小企業では、社長ににらまれるリスクまで負って育児休職を要求するのはたやすいことではない。父親の出産休暇を従来の10日から20日に増やすという話も「人口国家非常事態」宣言から出てきたが、例えば全雇用人口のうち37%を占める非正規職にもその話が実現可能に聞こえるだろうか。

 おそらく、繁殖に必要な最も重要な余裕の種類は、心理的安定である。後期資本主義社会の場合、繁殖をすれば遺伝子と共に事実上子どもに自分のおおよその社会的位置も譲られる。2020年代の韓国では、「鳶が鷹を生む」ことなどはもはやありえず、さらには下級事務職の家庭で生まれた子どもが医師や弁護士など高級専門職にのし上がることもほとんど不可能に近い。したがって本人が持つ社会的位置にある程度満足してこそ、安心して出産に着手できる。だが、不安定な働き口や零細・中小企業など2次労働市場からどうやっても抜け出せずにいる多くの韓国人には、はたしてそれが容易だろうか。

 徹底的に個人主義的なこの時代に、出産は人生の軌道を完全に変える、非常に難しい個人的決定だ。そのような決定をするためには、個人に経済的余裕の他に時間的余裕、そして安定的な職場が与える心的余裕が必要だ。そのような余裕を韓国人に与えるためには、韓国型資本主義モデルに根本的な変革が求められる。普遍的福祉国家、不安労働のない社会に向けたそのような変革がない以上、尹大統領が言う超少子化対策が単に竜頭蛇尾に終わることは、火を見るよりも明らかだ。

//ハンギョレ新聞社
朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov)|オスロ国立大教授・韓国学 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1148449.html韓国語原文入力:2024-07-10 08:47
訳J.S

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