本文に移動

[寄稿]19世紀の奴隷制に似たシンガポールの移住労働…韓国も舌なめずり

登録:2023-01-09 01:54 修正:2023-01-09 07:55
[ハンギョレS]ホン・ミョンギョの異床同夢 
保護受けられない移住労働者
シンガポール市内にある移住労働者の寮/EPA・聯合ニュース

 19世紀初め、オランダなどと競争しながら東アジア植民地の開拓と商品市場の拡大に熱を上げていた英国の東インド会社は、マラッカ海峡の小さな島が地政学的に非常に重要だということに気づいた。14歳の時から東インド会社の忠実な構成員として働いていたスタンフォード・ラッフルズは、この地に貿易拠点を築くことを計画した。1819年1月末、マレー半島南部のジョホールを治めていたスルタンの長男トゥンク・ロンを脅して島を得た彼は、ここに町を建設した。まさにシンガポールという軍事・貿易都市が誕生した瞬間だった。

 約150年間、英国はこの町をいくつかの区域に分け、多様な移住民を分割統治した。植民統治の便宜のために華人街、インド人街、欧州人街、アラブ人街、マレー人街、ブギス人街などに区域を分け、新しい港に移住してきた人々を人種ごとに配置したのだ。

移住労働者に対する不平等

 植民都市計画のこのような起源は、今日のシンガポールの人口分布や特性にも表れている。2021年のシンガポール統計庁の資料によると、545万人の人口のうち市民権や永住権を持たない移住民は27%に当たる147万人(コロナ禍以前は168万人)に達する。人種分布も華人系74.3%、マレー系13.5%、インド系9.0%などで、多人種のアイデンティティを保っている。彼らはみな19世紀以降に移住してきた人々の子孫だ。

 一方、シンガポールのインド人は19世紀に南インドやスリランカ一帯から半強制的に連れてこられた労働者、軍人、囚人の子孫だと言える。彼らは時にはインド社会の激変に影響を受け、時には独自に自分たちの共同体文化を形成してきた。リトル・インディアはまさにそのようなインド人が密集する中心地だ。

 2013年12月、そのリトル・インディアで大規模なデモが発生した。日曜日の夜にも出勤して一日中建設現場で働いていたインド人労働者のサクティベル・クマラベルさんが、寮に戻る際に乗っていた私設バスの下敷きになって死亡した事故がその発端だった。仲間の労働者が全身つぶされて死んだことを知り、400人あまりの移住労働者が街に飛び出した。彼らはリトル・インディアの真ん中でパトカーを燃やし、警察と投石戦を繰り広げた。当局によって「暴動」と規定されたこのデモは、2時間が過ぎた深夜12時ごろに鎮圧された。

 集会・デモが禁止されているシンガポールにおいて、このデモは人々を驚かせた。当局は厳格な法執行を強調し、約4千人の移住労働者を呼び出して調査した。33人の積極加担者を起訴し、57人の単純加担者を追放した。さらに2015年からは、週末のリトル・インディアでの飲酒を禁止した。事故が起きたのは死亡した労働者が酒に酔っていたからだというのがその理由だった。この問題に取り組む活動家のロイ・ウンエルンさんは「シンガポールの根強い不平等が招いた恐ろしい結果」だとし、「(移住労働者は)シンガポールに大きな貢献をしてきたが、最も劣悪な労働条件、低賃金で働いている」と指摘する。

 事件後、移住労働者の移動の自由はなくなった。シンガポール政府は移住労働者の働くトゥアス港にコンビニエンスストア、居酒屋、映画館のある大規模な寮団地を建設したが、コンテナで作られた鶏小屋のような部屋には2段ベッドがぎっしりと並んでおり、1部屋に最大で20人が生活する。これは、もうリトル・インディアのある都心の方へは来るなという禁止通知も同然だった。トゥアス港で働く40万人の労働者のうち34万人がこの寮で寝食しているという。外国人雇用者寄宿舎法に則り、今年4月から衛生や保安の水準を向上させるといわれているが、そのように住居条件が改善された寮は10%未満に過ぎない。英国による植民統治の手法をより露骨に復活させたわけだ。

 シンガポール在住の移住労働者は労働力人口の約38%を占める。エリートも金融や情報技術(IT)分野に極少数いるが、大多数は製造業、建設業、家事労働において低賃金の非熟練労働者が必要なために積極的に受け入れた肉体労働者だ。東アジア全体が新自由主義的に構造化される過程で、安価な移住労働者は資本にとって必要不可欠だった。リー・シェンロン首相は2003年に「気難しいシンガポール人は(…)『格好悪い』分野では働きたがらない」と述べているが、これは資本の要求を正確に反映している。

 移住労働に対する政府と資本の態度は、概して臨時・契約職労働を好む方へと傾いている。経済が低迷した際には短期滞在労働者を簡単に追放できるからだ。だが、このような移住労働者政策もコロナ禍で一定の壁にぶつかった。コロナ禍において移住労働者の数は20万人以上減ったが、これが予想外の労働力不足を招いたのだ。

 移住女性によって担われる家事労働は、香港の悪名高い現実と類似している。労働法の保護も受けられないため決まった勤務時間もなく、超過勤務に対する保護条項もない。雇用主は週に一日休暇を与えなければならないが、このような義務はたやすく無視される。労働者は、解雇は容易にされる一方で自身の権利を守る手段はない。雇い主による性的暴行や監禁などの惨事が絶えないのもそのためだ。昨年9月、ソウル市のオ・セフン市長は国務会議に参加し、シンガポールでは外国人の家事労働者を安く使っていることを誇張しつつ、「外国人育児ヘルパー政策」を提案している。これは当時、雇用労働部が指摘したように、様々な問題を引き起こさざるを得ない。

訴える場所すらない労働者搾取

 移住労働者搾取に舌なめずりするこのひどい率直さは、オ・セフン市長だけのものではないようだ。昨年末、第36回外国人材政策委員会は「雇用許可制改編策」を決定した。2004年の導入以来初めて推進される今回の改編の要は、10年以上の滞留を可能にするとともに、雇用許可制の認定業種を荷役労働や家事・ケア労働にまで拡大することにある。未登録移住労働者が41万人にまで増えている中で「権利のない」、「安価な労働力」を必要とする資本の要求に応じたわけだ。

 しかし問題は、事業所移動の自由すら与えられないことにある。このような条件においては、移住労働者は人間としての権利の深刻な侵害を受けても訴える場所がない。移住労働者を奴隷として扱う中、10年以上働けるようにしたところで何になるというのか。熟練労働者をより安く搾取したいという雇用主の渇望を満たすに過ぎないのではないか。

ホン・ミョンギョ|東アジア研究活動家。プラットフォームC活動家 。東アジアの話を書く。副題にはそれぞれの社会の違いを理解し同じ夢を目指す(異床同夢)という意味が込められている。理想を抱く東アジアの夢(理想東夢)という意味も込められている。 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/international/international_general/1074810.html韓国語原文入力:2023-01-08 09:00
訳D.K

関連記事