大統領候補の経済分野の討論会後、全国民が「基軸通貨」という単語を聞くことになった。議論は、韓国の適切な国家債務の返済比率についての討論から始まった。この質問にイ・ジェミョン候補は、国際通貨基金(IMF)が先進国については国内総生産(GDP)比で85%を提示したと述べた。一方、ユン・ソクヨル候補は、韓国は非基軸通貨国家であるため、国家債務の比率を低く維持しなければならず、50~60%を超えるのは難しいと主張した。すると、イ・ジェミョン候補は、ウォンが基軸通貨になる可能性が高いと述べ、討論後はこれを批判する声が強まった。
いったい、基軸通貨の何が騒ぎになり、国家債務の返済比率と何の関係あるのだろうか。実は、基軸通貨というのは厳密な概念ではない。原論的には国際決済や金融取引で主に使用される通貨であるドルを意味するが、広くみればユーロやポンド、そして円まで含めることが可能だ。イ・ジェミョン候補は、ウォンがIMFの特別引出権(SDR)を構成する通貨バスケットに編入されることがありうるという報道に基づき、そのようなことを言ったのだとしても、一般的な意味の基軸通貨とはかけ離れているようにみえる。
しかし、基軸通貨であるか否かは、適切な国家債務の返済比率とは特に関係ない。経済学の研究や国際機関は、国家債務の比率を評価するうえで、基軸通貨か否かはたいして考慮しない。実際、IMFも昨年の報告書で、韓国の政府債務比率の予測については、先進国の上限である85%に基づき評価した。
財政のために根本的に重要なのは通貨主権だ。有事の際、中央銀行が自国の通貨を発行し、国債を市場から買い取ることもありうるからだ。ユーロを使うギリシャは通貨主権がなく、財政危機を経験したりもした。もちろん、マクロ経済の不均衡が深刻で対外信用度と通貨の地位が低い開発途上国については、特に国債に対する外国人の投資比率が高い場合、国家債務の返済比率が大幅に増えると、国債と外国為替市場が混乱に陥る可能性が高くなる。
しかし、韓国経済のファンダメンタルは頑強で、国家信用度は高く、国家の債務不履行のリスク指標も非常に低い。2021年の韓国の国家債務の比率は、GDP比で約47%(企画財政部)、国際比較基準である一般政府債務の比率は約51%(IMF財政点検報告より)であり、他の先進国に比べ大幅に低い。いわゆる非基軸通貨国のなかでも中くらいだ。何より、韓国の国債の37%は対応資産がある金融性債務だが、その相当部分が外国為替市場の安定のためのものだ。これを除外すると、国家債務の返済比率はGDP比で34%とさらに低くなる。
ならば、基軸通貨でなくても持続可能な国家債務の返済比率の上限ラインは、どの程度なのだろうか。多くの経済学者は、それも固定された数値ではなく、経済成長率と金利、そして成長見通しなどにより変わると強調する。IMFは、過去の為替危機の先行指標に基づき、先進国には85%を提示したが、すでにほとんどの先進国の債務比率はそれより高い。研究結果もそれぞれ異なっており、IMFとムーディーズの研究は、2015年の韓国の持続可能な最大の債務比率は現実の数値より約200ポイントも高く、財政余力は世界最高だとも報告した。最近では、財政政策の基準として、国家債務の比率の代わりに、GDP比の国債利子支払い額を使うことがよりいっそう望ましいという主張が提起されていたりする。
現在の財政政策の中心は、危機の傷あとによる履歴効果を乗りこえ、潜在成長率の下落を防ぐために積極的な財政拡張が必要だというものだ。また、生産性と出生率を向上させる公共投資の拡大は、未来の成長を促進し、財政の助けになりうる。だから保守野党の候補は、ウォンが特に非基軸通貨だという理由で、国家債務の比率を低く維持しなければならないという誤った考えから捨てなければならないだろう。コロナ危機において他国よりはるかに少ない財政支出を遂行した韓国では、基軸通貨の議論が財政拡張の障害物になってはならない。
遠くをみると、本当に問題なのは、日本のように長期的に財政赤字が累積し国家債務の返済比率がはてしなく上昇することだろう。世界最低の出生率と最速の高齢化を前にして、今のような低負担高福祉政策を続けるならば、数十年後の韓国の未来はそうなるかもしれない。実際、今回の大統領選挙の公約の実現には、与野党あわせて約300兆ウォン(約29兆円)の財政支出が必要だということだが、公約では増税を含む財源調達の計画は見当たらない。本当に財政の健全性を考えるのであれば、どの候補も増税という議題を取りださなければならないが、選挙でのそのような話は、やはり票の助けにはならないものなのだろう。財政の哲学と未来に関する論争をすることなく、基軸通貨の議論だけが騒がしいという状況は残念なことだ。
イ・ガングク|立命館大学経済学部教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )