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[コラム]オサマ・ビン・ラディンの「勝利」が残したもの

登録:2021-09-10 06:53 修正:2021-09-10 10:27
オサマ・ビン・ラディン(右から2番目)を始めとするアルカイダの構成員らが、アフガニスタン南部の隠れ家で9・11テロの実行計画を立てている様子と見られる映像の一場面。アルカイダの広報組織アッサハブが製作したこのビデオは、2006年にアルジャジーラで放送された/AFP・聯合ニュース

 20年前の9月11日、アルカイダの構成員らが奪った航空機3機が米ニューヨークの世界貿易センタービルとワシントンD.C.の国防総省庁舎に衝突する様子を、全世界が衝撃のなかで見守った。米国のブッシュ政権のネオコンは、アルカイダの指導者オサマ・ビン・ラディンを排除するために2001年10月、アフガニスタンを侵攻してタリバン政権を倒し、2003年3月には国連の反対も無視してイラクにまで侵攻した。

 20年後、タリバンが再びアフガニスタンを掌握し、テロと阿鼻叫喚のなかで米軍が逃げるように脱出する場面について、2011年に死んだオサマ・ビン・ラディンが生き延びていたとすれば、何を考えただろうか。「米国を懲らしめる」という自分の目標が実現したと考えるのではないだろうか。

 米軍は2442人、同盟軍は1144人が命を失い、アフガニスタン人の死亡者は約17万人と集計されたが、実際ははるかに多いだろう。米国のバイデン大統領は、アフガニスタンでの戦費は1兆ドル(約110兆円)だと語ったが、ブラウン大学ワトソン研究所は2.31兆ドル(約250兆円)を要したと分析した。アフガニスタンとイラクの戦費を合わせれば、「テロとの戦争」の費用は6.4兆ドル(約700兆円)だ。さらに大きな問題は、この戦争が残した莫大な借金だ。第1次・第2次世界大戦やベトナム戦争などでは税金を引き上げて戦費にあてたが、ブッシュ・トランプ両政権は逆に「金持ち減税」を行い、2兆ドル(約220兆円)を超える国債を発行し借金で戦争を続けた。戦争は終わったが、この途方もない負債を利子まで加えて返さなければならない。

 その間、ロッキード・マーティンやボーイングなどの米国の5大軍需企業と、これらに投資したウォール街の金融企業は戦争の利益を独占し、金融危機が起き、とてつもない不平等に怒った白人低所得層の憤りが、トランプを当選させた。ビン・ラディンとアルカイダが米国におさめた「勝利」は、米国を巨大で莫大な借金と不平等の泥沼に陥らせたことにより、米国の経済と政治を壊したことだった。

 米国が泥沼に陥った機会を、中国は機敏に活用した。9・11テロ以後、中国は「テロとの戦争」に協力する対価として、ウイグルの分離・独立を主張する「東トルキスタン・イスラム運動」(ETIM)を米国と国連がテロ団体に指定するようにした。これを利用し中国当局は、新疆ウイグル自治区でのウイグル人の中国統治に対する批判と抵抗を「テロリズム」として追い込み、弾圧できた。中国と米国の資本は緊密に結託し、中国各地で低賃金労働力を利用したサプライチェーンを拡大し、貿易と金融で蜜月関係を作りあげた。中国の国内総生産(GDP)は米国の13%(2001年)から71%(2020年)に急成長した。すでに習近平指導部は「中国は浮上し米国は衰退している」とみて、米国主導の国際秩序に挑戦する姿勢を示している。

 バイデン大統領のアフガニスタン撤退は、この流れを戻す転換点を作ろうとするものだ。米国は、自由主義の国際秩序の拡大という非現実的な目標にこれ以上消耗することなく、欧州と中東は域内各国のバランスに任せ、新たな主敵である中国の牽制に力を集中しようとするリアリズム戦略に進んでいる。しかし、新たな方向は決まったが、具体的なロードマップは今もなお曖昧だ。米国が構想する新しい秩序では、中国とどこまで協力と競争をするのか明確ではなく、中国と経済的に緊密に結びついている同盟国が米国の要求どおりに中国とデカップリング(脱同調化)する場合の代案も提示できていない。米国は、韓国、日本、オーストラリア、台湾などに中国牽制に関連するさらに多くの役割を要求したが、米国自らもロードマップを明確に描けなかった。

 ところが、外交戦略よりもバイデン政権にはさらに優先すべき課題がある。過度な戦費支出を止めて借金を返し、壊れた米国の中流階級と社会・経済を再建することだ。バイデン大統領は、1兆2000億ドル(約130兆円)のインフラ予算と3兆5000億ドル(約385兆円)の社会福祉予算を議会で通過させ、労働者世帯と中流階級を活性化し、不平等を減らすと宣言した。ニューヨーク・タイムズは「ゆりかごから墓場までのセーフティーネットを新たに構築する変革」だと評価した。「反独占の先駆者」と呼ばれるコロンビア大学のリナ・カーン教授を連邦取引委員会(FTC)の委員長に任命し、アマゾン、グーグル、フェイスブックなどの巨大IT企業の市場独占を防ぐ任務も任せた。

 興味深いことに、中国の習近平主席も「共同富裕」という旗を持ち出したのだ。中国社会の深刻な不平等を減らし、低所得層の福祉を強化し、中国経済の体質を変えないことには、発展の限界に達するという問題意識は明らかだ。もちろん、民営企業に対する強圧的な統制や労働活動家に対する弾圧など、方法論には懸念がつきまとう。租税制度を改革し、共産党が直接統制する国有資産も分配できるかどうかは、見守らなければならない。しかし中国が巨大IT企業への規制について米国に先駆けて動いている点は、注目に値する。韓国金融研究院のチ・マンス国際金融研究室長は「中国が過去には海外で検証された制度を選択的に取り入れたとすれば、個人情報保護を始めとする巨大IT企業規制やプラットフォーム労働者の社会保障などは、米国と同時または先駆けようとしている」と述べ、「米国との新たな標準競争」を進めていると分析した。

 バイデン大統領と習近平主席のどちらも、「主戦場」は国内の不平等の解決であることを認識している。米中がこの問題を効率的に解決し、革新と成長を維持できるのかどうかが真の勝負になるはずであり、その過程で、デカップリングや先端産業のサプライチェーン再編、プラットフォーム独占の解決、そして新しい国際秩序も明確になるはずだ。

 韓国の政治家たちは、不平等の解決、超高齢社会への備え、米中の「共同富裕」の競争が韓国と世界に及ぼす影響を十分に考えているのだろうか。

//ハンギョレ新聞社

パク・ミンヒ|論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1011087.html韓国語原文入力:2021-09-09 15:50
訳M.S

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