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[寄稿]日本の自画像

登録:2020-11-02 07:08 修正:2020-11-02 08:16

第2次世界大戦での敗戦で国が崩壊した後、復興がある程度達成された1960年くらいから、日本人は自国をアジアの中の唯一の先進国と考えてきた。日本は世界各国から「奇跡」と呼ばれる経済成長を遂げ、自動車、電機を中心として世界最高水準の産業を擁して貿易黒字を積み上げていった。国民の健康水準は高く長寿社会が実現した。治安もよく、教育水準も高いことを日本人は誇りとしてきた。高度成長期は水俣病など世界最悪の公害問題を発生させたが、70年代には環境規制を強化し、省エネルギーも進んだ。

 1990年代初頭にバブル経済が終わり、90年代以降少子化、高齢化が急速に進行した。21世紀初頭には人口減少が始まり、グローバル化に伴って生産拠点は海外に移動した。今世紀に入って日本人のノーベル賞受賞が相次いだが、これは20世紀後半の日本の科学研究の遺産に対する事後的な顕彰である。

 最近、日本が先進国から脱落しかかっていることを感じさせるエピソードが続いている。日本を代表する機械メーカーである三菱重工業は2008年から国内初のジェット旅客機MRJの開発を進めてきたが、最近開発を事実上凍結することが明らかとなった。同社は、原子力発電や豪華客船など同社の得意分野で損失を出し、リスクの大きい旅客機事業から撤退することを検討している。東芝や日立など、日本を代表する電機メーカーも目を蓋うような衰弱である。今や、貿易黒字を稼ぎ出すのは自動車産業だけである。しかし、電気自動車の開発についてはトヨタも後れを取っていて、将来を楽観できない。環境保全や省エネルギーの技術についても、かつては世界の最先端を走っていたはずだが、いまや再生可能エネルギーや蓄電池の技術では後れを取っている。

 こうした停滞の原因は、個々の企業の経営の失敗も大きいのだろう。より根本的な問題は、20世紀後半の成功体験に縛られ、技術、組織運営、教育などの各方面において刷新(イノベーション)を起こせなかったことだろう。大企業の経営者は、大学などの教育機関に対して個性ある人材を育てるよう求めている。しかし、日本の企業は大学を新たに卒業する若者を一括で採用する方式を変えていない。そして、人材確保と称して大学3年生の時期からインターンシップや採用準備を進め、学生は4年のうち1年半ほどを就職活動に費やす。大学で思考力、表現力を鍛えることにも制約が大きい。服装から始まって、面談における話し方に至るまで、マニュアル化が進み、若者が個性を発揮することは難しい。

 2011年3月の東日本大震災と福島第一原発事故は、第二の敗戦とも言われ、従来の成功体験を捨てて、新しい仕組みを作り出す契機となるはずだった。あと半年足らずであの衝撃から10年になるが、日本は生まれ変わるのとは正反対で、旧来の仕組みを守り続けている。その代表が原子力発電である。世界では、再生可能エネルギーのコストが下がり、エネルギー全体に占める再生可能エネルギーの割合は高まっている。しかし、日本では福島第一原発でたまり続けるトリチウム汚染水を海洋に放出するという政策を政府が打ち出した。停止中の原発の再稼働の動きも進んでいる。あの事故に対してだれも責任を問われることなく、以前の政策に回帰しているのである。

 結局、古いやり方の失敗が明らかになっても、それを認めようとしないし、失敗に対してだれも責任を取らないという無責任体質が、新しい政策への転換を妨げている。20世紀後半の日本の繁栄を知るのは、62歳の私より上の年代の人々である。かつての繁栄と比べて、今の衰弱に危機感を持てるのはこの世代だろう。しかし、日本の文化や歴史を肯定する気分が、若い世代を中心に広まっている。反抗の気概がなくなることは、亡国への道である。

//ハンギョレ新聞社

山口二郎・法政大学法学科教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/968060.html?_fr=mt5韓国語原文入力:2020-11-02 02:39

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