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[寄稿]朴槿惠の最悪の犯罪

登録:2016-12-04 19:13 修正:2016-12-05 00:12

 統合進歩党は執権与党の親財閥新自由主義や制度圏野党の社会的自由主義とは質的に異なる民衆的「代案」を代表していた。特定の社会階層の支持を受ける代案的政治勢力を強制的に解散させるというのは、果して民主社会においてあり得ることか? 被告たちが「作った」という RO(「革命組織」)の実体が存在しないということが明らかになり、「内乱陰謀」という恐ろしい容疑内容に対しても無罪が宣告された。

 正常でない便法を動員して大統領職を掌握し、その次には民主主義と司法正義の常識を崩壊させたこと以外に「治績」と言えるものがほとんどない政治家が、その国政運営の“秘法”がばれた今、下野は当然なことであろう。ところで、果して民主主義と司法正義を殺したのは朴槿惠(パク・クネ)一人だったのだろうか?

イラスト//ハンギョレ新聞社

 「チェ・スンシルゲート」を通して私たちは一つの重要な事実を悟ることができた。実は教科書的な意味での「政府」というものは私たちにはなかったのだ。「政府」というものが公益のための公機関であるならば、朴槿惠行政府は「政府」とは程遠いものだった。正確に言えば朴槿惠行政府は、国家情報院の選挙介入という非合法的手段で官僚体系を不当に掌握した私組織に近かった。権力を詐取したこの私組織は、その後は既に進行中だった大企業による国家私有化の過程で、核心的な連結者として作用した。チェ・スンシルとその財団が大企業の金をせしめた分だけ、大企業が必要とする許認可と法律が「政府」によって急造された。この構造では公益に対する考慮というものは立ち入る余地自体がなかった。大韓民国が財閥と官閥が大株主である一つの株式会社だとすれば、「チェ・スンシルゲート」とは一部の大株主と支配人、そして支配人の側近が、徒党を組んで会社運営を私利私欲の犠牲にした背任事件と言えるだろう。ところで公共性などほとんど見出せない「株式会社大韓民国」では、このような背任は構造的な問題だ。大株主と支配人の野慾を牽制できる装置がほとんど存在しないからだ。

 大韓民国は概して低犯罪社会だ。例えば殺人率(人口10万人当たりの殺人事件件数)はスウェーデンやデンマークのようなヨーロッパの福祉国家よりさらに低い。一般人が犯罪をしでかせば法的処罰を受ける上に、前科者となりその後の人生を二等市民として生きて行かなければならない。しかし国家権力を掌握した私組織は、犯罪を犯し続けながらもいかなる責任も負わない。朴槿惠行政府の犯罪性の濃い諸「政策」は、単純列挙するだけでも何枚もの紙が必要なくらいだ。セウォル号沈没当時の職務遺棄、国家主権を放棄した戦時作戦権転換の無期限延期、持ち家のない庶民の住居費を引き上げさせた不動産対策、ペク・ナムギ氏の命を奪ったデモ鎮圧時の放水車使用、民主主義と多様性を踏みにじった韓国史国定教科書…これらの「政策」一つひとつに多くの被害者が続出したのだから、単純に列挙するだけでも気が重くなる。

 しかしこれらすべての悪行の中でも、2013~14年の「イ・ソッキ事件」、すなわち議会の第2野党格だった統合進歩党の法的解散とイ・ソッキ前議員らの拘束と裁判は特筆に値すると考える。この事件により、1987年の大闘争で勝ち取られた形式的・手続き的民主主義は回復し難い傷を負った。事実、「イ・ソッキ事件」以後の大韓民国を民主国家と呼ぶこと自体が無理であろう。

 民主国家ならば、支配者と考えを異にする民衆勢力に対し、少なくとも合法的な活動空間が与えられる。2010年代初盤の韓国では、統合進歩党はそのような民衆勢力の中で一番規模が大きかった。名簿上の党員数は10万名に達し、総選挙での得票率は約10%、議席数13を保有していた。党幹部の相当数は労働組合や市民団体で影響力を持っていたし、党代表だったイ・ジョンヒは大衆性の強い著名な政治家だった。党の明確な支持基盤は一部の組織労働者と学生時代に政治闘争の経験を積んだ一部の30~40代の高学歴者だった。そして社民主義的再分配政策と民族国家完成を志向する要求(米軍撤収、南北統一の方向に進むための一連の政策)との混合である統合進歩党の綱領は、総じて支持階層の要求を正確に標榜していた。再分配政策、すなわち各種の社会賃金(福祉費用)の増加は当然被雇用者に有利であり、民族国家完成、そして世界的新自由主義の本山である米国に対して距離を置くことを志向するのは、いろいろな面で国家の再分配機能強化と不可分の関係を持つからである。

 一言で言えば、統合進歩党は現実政治において執権与党の親財閥新自由主義や制度圏野党の社会的自由主義とは質的に異なる民衆的「代案」を代表していた。ならば、特定の社会階層の支持を受ける代案的政治勢力を強制的に解散させることは、果して民主社会においてあり得る事か?

 民主主義とともに、国家を掌握した私組織の犠牲にされたのは司法の正義だ。民主国家の特徴は司法府の独立性と政治的中立性だが、統合進歩党を強制解散させ国民の選んだ国会議員の議員職を剥奪した憲法裁判所は、もはや政治的に中立ではなかった。司法を装った政治的弾圧の最も露骨なケースは、イ・ソッキ前議員とキム・ホンヨル、イ・サンホ、チョ・ヤンウォン、ホン・スンソク、キム・グンレなど統合進歩党の幹部たちに対する裁判であった。 裁判過程で国家情報院と検察の主張の核心的部分が事実上虚偽であることが判明した。被告たちが「作った」というRO(「革命組織」)の実体がなかったことが明らかになり、「内乱陰謀」という恐ろしい容疑内容に対しても無罪が宣告された。イ・ソッキ前議員の逮捕当時にマスコミが特筆大書した「対北連携」も、結局どこにも見つからなかった。にも拘らずイ・ソッキ前議員は1審で10年の刑を宣告され、控訴審で9年の刑を宣告された。判決で言及された彼の「犯罪」内容は、-全世界が反人権的だと見ている国家保安法に対する違反以外には-「内乱煽動」だ。120人余りに対して行なった90分の情勢講演の録音テープに基づいて、殺人者や強姦犯が受けるような重い刑量を宣告することは、果して司法を装った政敵除去でなければ何なのか? その上、問題のテープが公安機関によって多くの箇所が変造されている点まで念頭に置けば、このような裁判は司法正義の死亡を語っているものとしか考えられない。

 この文を書いている今、韓国内の各都市で「朴槿惠下野せよ!」という力強い喊声が聞こえている。正常でない便法を動員して大統領職を掌握し、その次には民主主義と司法正義の常識を崩壊させたこと以外に「治績」と言えるものはほとんどない政治家が、その国政運営の“秘法”がばれた今、下野は当然なことであろう。ところで、果して民主主義と司法正義を殺したのは朴槿惠ただ一人だったのだろうか?

 最近出版された「イ・ソッキ事件」を扱った本『イカロスの監獄』を、今読んでいるところだ。この事件に関連するほとんど全ての資料を念入りに集めたこの本を読んで見れば、朴槿惠私組織の民主主義と司法秩序の破壊に幾多の協力者がいたということがよく分かる。「イ・ソッキ裁判」の過程では、ROの実体がなく、また問題の情勢講演のあった行事が「秘密会合」ではない定期的な政党行事であったという部分まですべて明らかになったけれども、イ・ソッキ事件が持ち上がった当時は、朝鮮日報や韓国日報など多くの新聞が国家情報院が執筆した「イ・ソッキ内乱陰謀」小説を事実であるかのように報道した。情報機関とマスコミが政言癒着を成し一緒になって政権の政敵に対する従北攻撃(北朝鮮に賛同追従する勢力だという攻撃)や公安政局作りに出るならば、民主主義や基礎的な人権常識がまともに残り得ようか? 民主国家における人権常識である無罪推定の原則が、根拠のない嫌疑を有罪判決が出たかのように報道するマスコミによって破壊されてしまった。 もう一つの民主主義の堡塁である国会は、早々と従北魔女狩りの前に降伏してしまった。2013年9月4日に行われたイ・ソッキ逮捕同意案の国会投票では、反対票は14票にとどまり与党はもちろんのこと野党民主党と正義党さえ賛成を党論として決めるほどに公安一色ムードが広がっていた。現在朴槿惠下野を要求している野党らは、当時は事実上朴槿惠徒党の政敵除去を手伝っていた。また検事や判事など司法府は、朴槿惠の反人権的従北狩りの先頭に立っていた。

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学=資料写真//ハンギョレ新聞社

 朴槿惠一党が「イ・ソッキ事件」を含め反民主、反人権の暴挙にこれほど容易に乗り出せた背景には、韓国「主流」の古くて古い反民主性、反民衆性があった。高級公務員や巨大マスコミから制度圏野党に至るまで、財閥と朴槿惠-チェ・スンシル徒党による国家の私有化よりも。民衆の政治勢力化の方をはるかに恐れたようだ。 私たちが本格的な変化を願うなら、にせものの大統領の退陣、「イ・ソッキ事件」の被害者を始め良心囚の釈放だけでなく、朴槿惠徒党の協力者に対する責任追及も要求しなければならない。

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) ノルウェー、オスロ国立大教授・韓国学

韓国語原文入力: 2016-11-29 18

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/772521.html 訳A.K

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