イランで取材していた2020年2月18日、テヘランの象徴「アザディタワー」の前で行われたあるイベントを見て、私は少し衝撃を受けた。新型コロナウイルスが急速に拡大していた中国を応援するイラン政府のイベントだった。中国語で書かれた「がんばれ中国」、「がんばれ武漢」というスローガンとともに五星紅旗がアザディタワーを赤く染め、イラン政府は中国大使館の関係者に防疫物資を贈呈した。当時はイランでもコロナが拡大していたのだが、イラン政府が中国との関係に気を使っていることが実感できた。
当時は、米国の第1次トランプ政権がイラン軍の最高実力者であった革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官をドローンで暗殺した直後だった。テヘランの街頭には「殉教者ソレイマニ」の写真とスローガンが掲げられていた。米国とイランの間では、一触即発の戦争の危機が高まっていた。トランプとイランの悪縁は、オバマ政権がイランと結んだ核合意(JCPOA)を2018年にトランプが一方的に破棄したのに続き、イランを国際金融網から排除するとともに石油輸出を阻んだことで、最悪へと向かいはじめた。
トランプ大統領の無慈悲な圧力で、イランは必死に中国にしがみついた。中国もそれを最大限に利用した。中国はイランを一帯一路の主要拠点、かつ中東で中国の影響力を拡大するための足掛かりとした。2021年にイランは中国と「包括的戦略的パートナーシップ協定」を結んだ。その内容は、中国が25年間にわたり4000億ドルをイランのインフラなどに投資し、イランは「廉価で」中国に原油を供給するというものだった。米国の制裁によって国際市場で売れなくなったイラン産の石油は安値で中国に流れ、中国製造業の競争力はエネルギー価格の低さのおかげでさらに高まった。イランの原油輸出の80~90%が中国に向かった。イラン経済は中国の資金で生き残ったことで、次第に中国に従属していった。中国とイランはドルの代わりに人民元で決済するか、中国製品購入の支払いをイランの資源で決済する物々交換をおこなった。
米国の制裁によって韓国と欧州の企業が出て行ったことでイランに生じた空白は、中国企業がすべて埋めた。とりわけ中国の通信企業ファーウェイと中興(ZTE)はイランの通信インフラを構築した。それを通してイラン政府は顔認識による監視、インターネットの検閲、国外サイトへのアクセスの遮断といった中国の技術を導入した。
トランプ大統領とイランとの長年の対立は最終的に、先月28日(現地時間)の米国によるイランへの全面攻撃と最高指導者ハメネイ師の殺害によって破局に至った。トランプ大統領の語る攻撃目標は、イランの政権転換、核開発の阻止、ミサイル能力の弱体化などと二転三転しているが、公に言及していない主な標的の方が重要である可能性がある。まさに、中国がイランとの関係を通じて享受してきたエネルギーと経済的利益、ドル体制に対する挑戦を力で破壊するというものだ。
トランプ大統領は、今月31日から4月2日にかけての訪中と習近平主席との首脳会談を前に、絶対的な力の誇示で主導権を握る必要があった。トランプは昨年のホワイトハウスへの帰還後、関税カードを切って中国を標的としたが、中国製造業の圧倒的な生産能力とサプライチェーンでの優位、レアアースカードに押され、逆に守勢に立たされた。すると、今年1月からベネズエラ、キューバ、イランなどの「中国の戦略的拠点」に軍事力で圧力をかけたり崩壊させたりといった「絶対的な力による平和」を主張しつつ、中国に対する米国の力の優位を確認しようとしている。米国の歴代大統領は戦争を、国連安全保障理事会や米国議会の同意を得ないと切れない「最後のカード」と考えていたが、トランプは今や自らが望めばいつでも使える梃子(てこ)にしようとしており、それで相手を屈服させようとしている。
1月3日のベネズエラ攻撃後、トランプ大統領が22日に自身のトゥルース・ソーシャルのアカウントで共有した、軍事と安全保障の専門家マイケル・ウォーラーの報告書「ドンロー・ドクトリン稼動」は、それを示す手がかりだ。その内容は、ベネズエラ攻撃はイラン、キューバへと続く「反米国家崩壊ドミノ」のはじまりであり、中国のグローバル戦略を揺さぶる「口火」となるというものだ。
保守系の米国のシンクタンク「ハドソン研究所」のジネブ・リブア研究員が今月1日に公開した「イランの攻撃はすべて中国と関係している」という報告書も、大きな注目を集めた。同氏は、米国がイランおよびイランから支援を受けている武装勢力に対応するために中東に縛られていることが米国の資源を消耗させてきたうえ、中国の戦略的利益となってきたとして、トランプの今回のイラン攻撃は「中国を標的としたより大きな戦略の一部」だと強調する。
トランプによる中国のエネルギー供給網と戦略的拠点に対する揺さぶりに対して、中国は日和見主義的でありつつ慎重な姿勢を示している。先月28日の米国によるイラン攻撃開始から現在まで、中国外務省は「深い懸念」の表明程度の対応にとどめつつ、米国やトランプに対する直接的な非難はできるだけ控えている。米国に対して「糾弾」という表現を用いたのは、イランの最高指導者ハメネイ師が殺害されたことに対するもので、それも一度きりだ。
現状において中国の最優先課題は、トランプの訪中と米中取引を成功させることであり、次に中東の安定と、中国のエネルギー供給と中東に対する投資の利益を守ることだ。イラン政権を守るというのは副次的なものだ。中国の王毅外相は8日に開催された全国人民代表大会(全人代)に際しての記者会見で、「(中米)双方が誠意と信頼をもって互いに対すれば、2026年を中米関係が健全かつ安定的、持続可能に発展する記念碑的な年にできる」と述べた。王毅は米国のイラン空爆について「起こってはならない戦争」と述べつつ、即時休戦を求めた。しかし、米中首脳会談によって米国による台湾への兵器販売を遅らせるなど、台湾問題に関する合意を引き出すとともに、関税戦争の「休戦」を延長することの方が、イランとの関係とは比較にならないほど重要であるというシグナルははっきりしている。
米国とイスラエルがイランを空爆し、初日にハメネイ師を殺害する「斬首作戦」を展開したことに対し、中国の多くの専門家や世論は、米国の圧倒的な軍事力によって受けた衝撃を語るという反応を示した。1991年の湾岸戦争の際に、米国の軍事力に驚きと恐れが示されたのと似たものだ。しかし時がたつにつれ、トランプの自信満々な博打(ばくち)が彼の計画とは異なる方向へと流れている兆しがあちこちで見られるようになっている。トランプは短期間にイランの政権転換や降伏を得る「圧倒的勝利」を期待していたが、すでにイランの必死の反撃にうろたえている様子がはっきりと見て取れる。米国のミサイルと兵器は急速に消耗しており、エネルギー価格の急騰は米国経済にも打撃を与えている。中東の米国の同盟国の間でも、トランプの無謀な戦争に対する怒りと米国への信頼の崩壊が見られる。世論、専門家、そしてMAGA支持層の内部でも、米国の戦略的利益にまったく役立たないという批判が圧倒的多数だ。
中国の外交や安全保障の専門家たちの最大の争点も、「トランプは中東の泥沼にはまるのか」というものだ。もちろん、戦況は依然として不確実なため、大半は慎重な態度を示している。しかし、トランプの戦略の欠如によって米国の目標達成は難しくなったと考える人は多い。上海交通大学の李楠研究員、陳開宇研究員は今月2日の「フィナンシャル・タイムズ」中国語版への共同寄稿で、「米国とイスラエルがハメネイを斬首したことで、イランに残された道は『最後まで戦うこと』となってしまった。米国はまたも長期消耗戦の泥沼にはまるだろう」との見通しを示した。2人は「最も可能性が高いのは、短期間では米国が象徴的な戦果を得られず、イランもすっきりと白旗を上げない状況になること」だとして、「戦争を始めるのは簡単だが、終わらせるのは難しい」と述べた。
北京大学HSBC経営大学院中東研究所の所長を務める朱兆一は今月2日の「チャイナUSフォーカス(中美聚焦)」への寄稿で、今回の戦争は短期的には中国のエネルギー供給に負の衝撃を与えるが、マクロ的にみれば中国に戦略的空間を提供すると分析した。「米国が中東戦争に深く介入することになれば、中国をけん制する余力は相対的に分散せざるを得ず、各国が危機の中で安定的な仲介者を探そうとする時、中国の外交的存在感はむしろ強まりうる」というのだ。
中国はイラン政権が生き残って米国に立ち向かった時、あるいは最悪の場合イランが混乱に陥ったとしても、米国が長期戦の泥沼にはまれば有利な立場になる。中国は、イラン政権による反撃が米国の中国けん制戦略を難しくすると判断すれば、兵器製造に必要な部品や物資をイランに提供する後方支援を行うことで、イランが長期戦を遂行できるようにする可能性が高い。もちろんロシアとウクライナの戦争と同様、公式には徹底して「中立」と「不干渉」を掲げるだろう。
トランプは9日、「戦争は間もなく終わるだろう」と述べて市場と世論をなだめようとしたが、彼の思惑通りにたやすく抜け出せるだろうか。2003年に米国がイラクに侵攻して泥沼にはまっている間に、中国は軍事的能力を急速に高めた。その「終わりなき戦争」を批判して2度も大統領になったトランプの無謀で無責任な戦争を、中国は注視している。
パク・ミンヒ|統一外交チーム先任記者。大学と大学院で中国と中央アジアの歴史を学ぶ。2007年から2008年にかけて中国人民大学で国際関係を学んだ後、2009年から2013年までハンギョレの北京特派員として中国各地を取材。統一外交チーム長、国際部長、論説委員を経て、世界と外交について取材、執筆している。著書に『中国ジレンマ』、『中国をインタビューする』(共著)、訳書に『見えない中国』、『ロングゲーム』などがある。 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )