グローバル金融危機後の暴風が吹き荒れていた2010年にギリシャで火がついた財政危機は、南欧諸国に襲いかかった。当時、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリアは「欧州のブタ」と罵られた。いつ崩壊してもおかしくない国として扱われた。これらの国は現在、どうなっているのだろうか。これが意外と悪くない。特にスペインはユーロ圏内でも平均以上の成長率を示している。実際に、スペインが韓国の国内総生産(GDP)を上回ったのは2023年だ。2025年の見通しでも韓国より上の12位だ。
ユーロ圏経済はなかなか立ち直れずにいる。過去に比べて依然として高い金利、ロシア-ウクライナ戦争によるエネルギー価格の高騰、頭打ちの世界の景気や米国の関税戦争の影響だ。中心的な経済大国の事情はさらに厳しい。ドイツは伝統製造業の不振、フランスは財政危機の高まりなどで困難に直面している。2024年のユーロ圏の年間成長率は0.7%に過ぎなかった。2025年第2四半期の成長率は1.4%に回復したが、依然として低成長局面だ。コロナ禍での浮揚策の効果の低下で、2023年第1四半期以降、年間成長率は2%を超えたことがない。
スペインは異なる。ユーロ圏で最もダイナミックだ。2023年第1四半期以来、2%を下回ったことは一度もない。3%を上回ることすらある。2024年の年間成長率は3.2%を記録。スペインはその年、コロナ禍で広がっていたユーロ圏の他の国々との1人当たりのGDPの差を完全に埋めた。いったいスペインはどうしてこのような驚くべき回復力、成長をみせているのだろうか。低成長の沼にはまった韓国経済に、何を示唆しているのだろうか。
高付加価値サービスへの転換
南欧諸国はサービス業、中でも観光業の比重が高い。ギリシャやイタリアはもちろん、スペインも観光大国だ。コロナ禍の終息後、これらの国の成長が目覚ましいのは当然だ。抑えつけられていた観光需要がせきを切ったようにあふれ出し、観光業は好況をおう歌している。
スペインの観光産業も例外ではない。圧倒的な回復力を示している。2023年には史上最多の9400万人の外国人観光客を誘致し、観光客数でフランスを猛追。観光客の支出額も急増し、スペインの外貨準備は高まった。観光業はスペインGDPの13%を占めるほど絶対的な地位にある。専門家はこの部分ばかりに注目する。
しかし、スペインが他の南欧諸国と異なるのは、サービス業の転換を成し遂げたということ。低付加価値から高付加価値サービス業への転換だ。金融、不動産、情報通信技術(ICT)、専門サービスなどの、1人当たりの付加価値が高い分野が成長を主導した。単なる主張ではない。実質総付加価値に占める高付加価値サービス業の割合を見れば分かる。一つの経済内における特定の産業または部門の経済全体に対する寄与の大きさを示す指標であるため、信じるに足る。投資銀行ゴールドマン・サックスによると、スペインの同数値は2024年に約2.4%、2025年には2.7%ほどになる見通し。対してユーロ圏は、2024年には約1.8%、2025年も似たようなものだ。
スペイン外務省の資料によると、2024年の民間消費増加率は2.8%にのぼる。2025年にも2.9%に達する見通しだ。2024年のユーロ圏の民間消費増加率の平均が1.1%、2025年が1.5%であることに比べれば、驚くべき増加だ。家計消費の成長の主な原動力は実質所得の増加だ。
これは、2022年に実現した労働改革の結果だ。韓国が注目すべきものだ。原則として、すべての雇用は正社員契約だ。臨時職契約は例外的なケースでのみ許される。臨時職雇用は生産需要の一時的な急増や既存人材の一時的代替のような特定の理由でのみ可能で、その期間も6カ月から12カ月に制限されている。そのうえ、2012年以前の団体協約制度を復活させて労組の交渉力を強めた。かつては個別企業の団体協約が産別団体協約より優先されたが、2022年の改革はこれを廃止し、労組がより大きな交渉力を持てるようにした。労働改革の効果は高かった。非正規労働者の割合の急激な低下、雇用の安定性の向上。失業率も低下し続けている。雇用の安定は家計負債の減少にも一役買っている。2022年第2四半期にはGDPの55.2%に達していた家計負債は、2024年第4四半期には43.7%にまで低下。雇用が安定したことで実質所得は増え、家計負債は減少している。消費余力が増すのは当然だ。
旺盛な民間消費と企業の投資
企業による投資の増加にも注目すべきだ。投資はスペイン経済の成長の潜在力にかかわるため、非常に重要だ。持続的成長の要となる要素だ。スペイン企業の投資は、欧州連合(EU)の復興基金を積極的に活用して行われている。「欧州復興基金」は、コロナ禍で欧州経済が前例のない危機に直面したことを受け、加盟国の景気低迷を防ぐために作られた基金だ。約8000億ユーロ(約1302兆4000億ウォン)の規模を有し、補助金と融資で構成される。要となるのは「復興レジリエンス・ファシリティー(RRF)」だが、加盟国がRRFを受け取るためには、自国の復興レジリエンス計画を提出しなければならない。
スペイン政府は、同基金をデジタル転換とグリーン転換という2つの核心分野に集中投資している。「経済の回復および転換のための戦略プロジェクト(PERTEs)という名の下にだ。デジタル投資は通信網、クラウド技術、人工知能(AI)などのインフラ構築に集中している。太陽光や風力発電、電気自動車の製造工場など、再生可能エネルギーへの投資も活発だ。マドリードやバルセロナなどの主要都市は、欧州の新たな技術ハブとなりつつある。再生可能エネルギーも豊富な日照量と風を利用して欧州を先導している。EUの基金を活用した公共投資は呼び水となっており、経済見通しが明るくなったことを受けて民間投資が急激に回復している。各企業は内需と輸出需要の拡大を満たすため、生産施設を拡充したり新技術を導入したりしながら新たな事業分野に活発に進出している。
外国人の直接投資の誘致にも積極的だ。スペインは欧州、中南米、北アフリカをつなぐ戦略的な位置にある。中南米はスペイン語という共通言語と歴史的、文化的な連帯感によって密接につながっている。多くの多国籍企業がスペインを中南米事業の本部にする理由はここにある。グローバルサプライチェーンの主要拠点として利点があるのだ。そのうえスペインは、欧州内では比較的若くて熟練した労働力を保有しているため、研究開発センターや高付加価値産業への投資を誘致するのに有利だ。
移民政策もスペイン経済の躍進の原動力だ。スペインはドイツ、フランス、イタリアよりも人口に比して多くの移民を受け入れている。加えて、最近流入した移民たちは教育や技術の水準が高い。ゴールドマンサックスが分析した資料によると、2022年の移民は2008年の移民に比べて中以上の高学歴者の割合が高い。2008年は50%後半、2022年は70%を超える。一方ドイツ、フランス、イタリアの移民は、同じ期間に大きな変化はみられない。中以上の学歴を持つ人の割合は60%ほどにとどまる。スペインの成長が加速していることで、近隣の国々より相対的に多くの人材が集まっているとみられる。
米国のトランプ政権の貿易政策の波が高まる中、スペイン経済の対米輸出への依存度が低いことも好材料だ。スペインの対米輸出の割合は輸出全体の5%に過ぎない。ユーロ圏の主要国より低く、韓国のおよそ18.5%と比べると著しく低い。トランプ政権の存在する間にスペイン経済は強固になる可能性がある。
韓国が学ぶべき国
スペインは韓国より人口が少ない。だがここ数年、韓国を上回る成長を遂げている。韓国と違うのは、人口構造が若いということだ。かといって韓国の低成長が合理化されるわけではない。韓国はここ数年、生産人口の減少による潜在成長率の下落を強調してばかりで、その問題をどのように解決していくかはほとんど議論してこなかった。出生率が低いなら、移民の受け入れなどをやるべきではないのか。心配したからといって問題が解決されるわけではない。解決策をひねり出して実践しなければならない。それをスペインはやっている。
一時は「欧州のお荷物」だったスペインは、今や欧州の成長を主導している。
スペインを変化させた要因は、先に見たように様々だ。中でも要は、近ごろはタブー視される単語である雇用の安定の保障だ。労働の柔軟性が生産性向上や成長の必須の要素として強調される時代にあて、スペインの転換は驚異的でさえある。それによって家計の実質所得の増加、負債の減少を実現した。民間消費が増えるにつれ、企業投資も増加している。いわゆる好循環構造が完成しているのだ。このような驚くべき変化を導いたのは政治だ。政治的力量が利害関係者の対立を調整し、妥協を引き出したのだ。何よりも政府の公共投資が生産的な分野に集中したことで、呼び水役を忠実に果たしたのだ。
この3年間が残念に思われる理由はここにある。無能な政治がゴールデンタイムを吹き飛ばしてしまった。スペインは今や韓国にとって学ぶべき国となっている。何がスペインを強い国にしたのかを徹底して分析する必要がある。急がなければならない。時間はもう私たちを待ってはくれない。