老いて病気になったり条件の悪い時に「リセット」ボタンを押して幼い頃に戻れたら、どんなに良いだろうか。動物の中で唯一そのような能力を持つ「不死のクラゲ」(ベニクラゲの一種 Turritopsis dohrnii)の遺伝体が解読され、老化研究に生かされることが期待される。
スペインのオビエド大学の生物学者、マリア・パスカル-トルネールさんらは、30日に科学ジャーナル「米国科学アカデミー紀要」に掲載された論文で、不死のクラゲが「若返って」無性生殖段階のポリプに戻ることに関与する中心的な要因を発見したと明らかにした。
1880年代に地中海で初めて発見されたこのクラゲは、成長すると体長4.5ミリの小指の爪ほどの大きさとなり、赤い胃腸が見える透明な体に90本の触手が生えている。動物プランクトンや魚卵などを捕食して生きるが、温度や塩分濃度など環境が悪化したり、餌がなくなったり傷を負ったりすると、体を溶かしてポリプや幼生に戻る逆変態過程を経て、新たな生の過程を開始する。
研究者たちは、不死のクラゲと同じ属で遺伝的には近いが、不死能力のないクラゲ(同じくベニクラゲの一種 Turritopsis rubra)の遺伝子を解読し、何が若さを取り戻させるのかを比較分析した。また、生活史を遡る過程で遺伝的な変化を究明した。
その結果、不死のクラゲは損傷したDNAを補修し保護する余分の遺伝子を保有していることが明らかになった。また、染色体の端にあるテロメアを維持する独特な突然変異が発見された。人間を含め、生物は一般的に歳を取って細胞分裂を繰り返すことでテロメアが短くなる。
研究者たちはまた、若返りの変態の過程で転写を調節する因子であるポリコーム抑制複合体(PRC2)の働きが抑制され、代わりに分化能を有する因子が活性化することを明らかにした。この2つの因子によって、すでに生殖能力を持つ専門化した細胞が単性生殖段階であるポリプに戻り、その後、新たに専門化した細胞に生まれ変われるようになると研究者たちは明らかにした。
今回の研究は、老化が関係する疾病や再生医学の研究への応用が期待される。パスカル-トルネールさんは科学雑誌「ニュー・サイエンティスト」のインタビューで「今回解読したクラゲの遺伝子は、人間の老化とも関連があるだろう」、「次の段階は、このような遺伝子の変異をネズミや人間から見つけ出すこと」だと語った。
しかし、不死のクラゲが自然界でどれほど長く生きるのかは明らかになっていない。成体がポリプに戻る過程が非常に速く、それが起こる条件を解明するのが難しいからだ。
京都大学の久保田信博士は1990年代にこのクラゲを飼育する実験を行い、短い時には1カ月間隔で2年間に10回、成体がポリプに戻ることを確認している。自然界では、ほとんどの不死のクラゲは若さを取り戻す過程を経る前に捕食者に食べられたり、病気にかかったりして死ぬという。
このクラゲは、むしろ強い生命力を持つ外来種として問題になっている。不死のクラゲは、船のバラスト水を通じて世界に広がる侵入種だ。
引用論文:ProceedingsoftheNationalAcademyofSciences(PNAS)、DOI:10.1073/pnas.2118763119