いくらしっかり噛んで飲みこんでも、食べたものを全部ヒトが消化できるのではない。植物の繊維質は、大腸で40兆個の生きた大腸菌により分解され、私たちが摂取できる栄養分に変わる。
海藻類も繊維質を含んでいるが、陸上の植物とは化学構造が大きく異なり、腸内細菌も分解できない。ヒトが海藻を消化できないのは正常なことだ。
しかし、韓国をはじめ日本や海岸に住む中国人は、数千年前から海藻を食べてきた。韓国の海岸だけでも約500種の海藻が分布しており、そのうち、海苔、ワカメ、昆布、青海苔、テングサ、ヒジキ、カジメ、カプサアオノリなど50種ほどを食用する。
東アジア人が海藻の消化能力を保有した理由は、「腸内細菌が海藻を消化し摂取できるよう『遺伝的アップグレード』を繰り返したため」だとする研究結果が出てきた。
ドイツのマックス・プランク海洋生物学研究所のヤン・ヘンドリック・ヘヘマン教授らによる国際研究チームは、科学ジャーナル「細胞宿主および微生物」(Cell Host & Microbe)の最新号に掲載した論文で、「少なくとも4回にわたり、海藻分解遺伝子が人間の腸内細菌に移動したことが判明した」と明らかにした。
海に海藻が生息する量は非常に多いため、これを分解する細菌も多い。そこで、なんらかの過程で、海藻の繊維質を分解する酵素分泌遺伝子が、ヒトの場内に棲息する細菌に移ってきたということだ。
責任著者である米国ミシガン大学のエリック・マーチン教授は「海の海藻分解細菌が海藻を食べたヒトを通じて直接入ってきたのか、あるいはそれより複雑な過程を経て入ってきたのかはまだ謎」だと、同大学の報道資料で述べた。
研究者らは、もっともあり得るシナリオとして、海中の分解細菌と海藻をヒトが一緒に食べた後、大腸で分解細菌から腸内細菌に遺伝子が「水平移動」した可能性を提示した。日々海藻を食べるヒトの大腸は、海藻の繊維質を分解できる細菌にとっては機会の地だったはずだ。
そのような遺伝子アップグレードの機会は非常にまれなことだと、研究者らは評した。海苔の表面に付着していた細菌が、加工と料理の過程で生き延び、飲みこまれた後、胃腸と小腸を経て生き延びてこそ、腸内細菌に出会い、遺伝子を分けることができるからだ。しかし、いったん大腸に根付いた海藻を分解する腸内細菌は、母親から子どもに容易に伝わる。
ヘヘマン教授らは最初、2010年に海苔の繊維質を分解するバクテロイデスの遺伝子を日本人の腸内細菌で見つけたと、科学ジャーナル「ネイチャー」に発表した。研究に参加したフランスのロスコフ生物学研究所のミリアム・チェック研究員は「海藻分解遺伝子を日本人の腸内細菌で見つけたのは、単に偶然だった」と述べた。
しかし、この研究結果は「世界で日本人だけが海藻を分解する遺伝子を持つ」と誤って伝えられたりもした。新たな研究では、日本人だけではなく中国人の腸内細菌にも海藻分解酵素を作る遺伝子を多数確認した。
韓国人は伝統的に海藻を多く食べるが、今回の研究の分析対象ではなかった。海藻を食べる伝統は、東アジア以外にも、北米のベイエリアやアイスランドなどにも一部残っている。
バクテロイデスは腸内細菌に多く、陸地や海などの環境に広く分布する。今回の研究で海苔の繊維質を分解する種だけでなく、他の海藻を分解するバクテロイデスの遺伝子も多くのヒトの腸内細菌群で確認された。
さらに、別の腸内細菌であるファーミキューテスも、海藻の多糖類を分解する遺伝子を獲得したことが明らかになった。マーチン教授は「ファーミキューテスは最初は魚の腸に住むことが知られていたが、これらの海藻分解遺伝子が腸内に住むファーミキューテスに移動したものとみられる」と述べた。研究者らは「今回の発見で、腸内細菌がいかに適応力に優れているのかがわかる」と明らかにした。
海藻は、カルシウムなどのミネラルやビタミン、抗酸化物質が多く、タンパク質の含有量も海苔で47%など優れていており、健康食品として注目されている。また、海藻は成長が速く、土地や水が必要ではなく、代用畜産飼料としても活発に研究されている。
引用論文: Cell Host & Microbe、DOI: 10.1016/j.chom.2022.02.001