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日本軍「慰安婦」や光州抗争を描いた日本の画家、富山妙子さん死去

登録:2021-08-19 09:39 修正:2021-08-19 12:22
東京の作業室で撮った画家・富山妙子氏の近影=延世大学博物館提供//ハンギョレ新聞社

 日本軍「慰安婦」問題に代表される日本の国家暴力や、光州抗争などの韓国の民主化運動を扱った作品を数多く創作し、近代の韓日の歴史の桎梏(しっこく)に照明を当ててきた日本の長老画家、富山妙子さんが、18日午後3時、東京都の自宅で老衰で亡くなった。享年100。

 故人の知人で韓国で活動している美術史家の稲葉真以さんはこの日、本紙との電話で「3週間前から健康が急激に悪化して病床につき、長女や孫など家族が見守る中、永眠された」とし「家族葬で静かに葬儀を行うことにした」と伝えた。

 故人は1921年に神戸で生まれ、11歳の時に英タイヤ会社の社員だった父親について満州ハルビンに移住した。1930年代に満州で幼年時代を送り、日本の植民地侵略の実状を見つめた富山さんは、40年代に日本に戻り女子美術学校に通ったが、中退して本格的な画業を始めた。50年代に炭鉱の町の鉱夫の暮らしを描写する現場美術で頭角を現した富山さんは、60~70年代、ラテンアメリカの参加芸術家たちや、詩人の金芝河(キム・ジハ)氏をはじめとする韓国の民主化運動勢力と連帯し、作品活動を行った。

5月の光州の悲劇を形象化した石版画で、代表作の一つに数えられる「光州のピエタ」(1980)= 延世大学博物館提供//ハンギョレ新聞社

 特に1980年、光州抗争のニュースを聞いて作られた石版画「光州のピエタ」は、光州の悲劇を形象化した傑作で、関連集会や出版物に数多く登場し、韓国の一般市民の間でも有名になった。80年代以降、日本軍「慰安婦」被害者のための真相究明と作品活動に関心を広げ、日本の戦争責任究明と東アジア平和人権運動に尽力してきた。

延世大学博物館で3月から開かれている富山妙子回顧展に登場した代表作の一つである1985年作「南太平洋の海底から」(部分)。南太平洋の奥地の島で性奴隷の受難を負い、死後海に捨てられた慰安婦被害者の白骨を想像しながら描いた作品だ=延世大学博物館提供//ハンギョレ新聞社

 韓国の民主化運動を支援して広く知らしめた功労で、今年6月に開かれた6・10民主抗争34周年行事に国民褒章受章者として招待されたが、コロナ禍のため訪韓が見送りになり、褒章を受け取ることはできなかった。今年3月にソウル市の延世大学博物館で開幕し、今月末まで開かれる100歳回顧展「記憶の海へー富山妙子の世界」にて、油絵、版画、映像など故人の作品170点余りが展示されている。

ノ・ヒョンソク記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/1008222.html韓国語原文入力:2021-08-18 23:27
訳C.M

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