ヘイトは世界的な現象だ。難民問題をめぐって欧州は二つに割れた。英国ではブレグジットをめぐり、米国ではトランプ支持をめぐり、賛否両陣営が激しく対立した。政治的反対はヘイトにまで拡大する。新型コロナウイルス・パンデミック以降は、欧州と米国でアジア人に対する敵対感情が高まっている。
『ヘイトのない生き方』の著者であるドイツのジャーナリスト、バスティアン・ベルブナー(週刊誌「ディー・ツァイト」編集長)は「穏健主義者、合理主義者、均衡主義者の声が力を失い、声高に叫ぶ者、ヘイト主義者、急進主義者の声が大きくなりつつある。微妙な差異は二者択一と敵味方の区別の中に埋もれてしまう」と現実を診断する。彼が提示した解決策は、敵対する人同士の「接触」だ。「誰かを本当に知ったら、もうその人を憎むことはできない」。一見とても素朴にも見えるこの命題を立証するために、著者はvを克服して「友」となった人々を捜し求める。ドイツ・ハンブルクの団地、デンマークの警察署、第2次世界大戦の戦場、ナミビアの砂漠、アイルランドの市民議会の難民と難民嫌悪者、イスラムの少年と警察、ドイツの戦争捕虜と米軍、ネオナチと左派パンク、同性愛者と同性愛反対論者に会う。
ハンブルクの団地の1階に住む年金生活者のハラルト・ヘルメスとクリスタ・ヘルメス夫婦の経験は「接触はいかにしてヘイトに打ち勝つか」の典型を見せてくれる。この夫婦は難民に対して敵対視していた。ある日、セルビア出身の難民夫婦と4人の子どもが2階に引っ越してくるまでは。引っ越してきた翌日、突然ベランダから水が落ちてきたため、クリスタは上の階に上がる。そして、ベランダにかかっている洗濯物、洗濯機も乾燥機も物干し台もない浴室を目撃する。クリスタは子供の頃は手で洗濯していたので、それがどれだけ大変なのかをよく知っていた。難民の家族には食器も、布団も、枕も、何もなかった。夫婦は彼らに布団、枕、鍋、フライパン、電気ポットを持っていった。若い男性の職業がハラルトと同じ自動車整備士であることも知った。「潜在的詐欺師でありケンカ屋」だったはずの新たな隣人は「懸命に働く技能工、家族を世話する家長」として姿を現した。「わずか数週間で『ジプシーたち』は『人』になった」
1950年代、社会心理学者ゴードン・オールポートは多くの研究と実験を通じて早くからこうした事実を把握し、「接触仮説」と名付けた。「敵対者同士の接触は偏見を減らし、より平和な関係へと導く」というこの仮定はその後、理論として固まった。
しかし、我々は思ったよりも異なる意見や背景を持つ人に会う機会が多くない。共に暮らす家族、昼食を共にする同僚、夕食時にたまに会う友人…。彼らは我々と似た職業と収入、政治的意見などを持つ可能性が高い。最近ではニュース、音楽、広告もアルゴリズムによって好みに合わせたものが提供される。そのため、選挙日の開票番組を見ていると、こんな言葉が飛び出す。「あの人たちは一体誰なんだ」。「このように細分化された社会では、多くの集団の間で、貧者と金持ちの間で、老人と若者の間で、移民と定住民の間で、しばしば距離と沈黙が支配的となる。偏見を培養するには理想的な土壌が生成される」
著者は、こうした状況を克服するために、ヘルメス夫婦が経験した「魔法のような瞬間」を制度化し、人々を意図的に導くべきだと述べる。2013年にアイルランドで開催された市民議会からは、一つの可能性がうかがえる。市民議会は、同性夫婦の合法化問題をはじめ様々な問題についての協議を行い、意見を提示する機関だった。年齢、所得水準、居住地などを考慮し、偏りなく66人の市民が選ばれた。そのうちの1人、郵便配達員のフィンバール・オブライエンは「アイルランド・バージョンの怒れる白人中年男性」だった。同性愛反対論者でもあった。同じ組になったクリス・ライオンズは、毎回髪の色を変えて来る男性同性愛者だった。ある日の討論中、クリスは「私はこのような席にはふさわしくないようだ。何よりも怖い」と述べた。向かい側に座っていたフィンバールは強くうなずいた。「わたしもクリスとまったく同じ考えです」。2人がお互いに対する偏見を打ち破った瞬間だった。彼らは対話を続けた。フィンバールにとっては驚きの連続だった。クリスがあまりにも平凡だったからだ。フィンバールは同性夫婦合法化のための憲法改正に賛成票を投じた。フィンバールとクリスのエピソードは「制度化された接触の力」を示している。「憎悪と闘い、社会分裂を克服したい政府は、敵、反対者、違う考えを持つ者同士の出会いを課題としなければならない。人間は全く違うということはあり得ないということに気付き、他人を人間と見ざるを得ない状況を作らなければならない」
アイルランド市民議会の事例がメディアに紹介され、ドイツでも類似の市民議会を推進する動きが出ている。2019年の夏には「より多くの民主主義」協会が「市民議会民主主義」というプロジェクトを開始した。「ディー・ツァイト」は「ドイツは語る」と題して、政治に関する問いを投げかけ、正反対の答えを示した読者を結びつけるイベントを行った。8000人を超える人々がこの対話に参加した。多くの人々は互いにけんかなどの劇的なものを期待したが、実際に発見したのは同意と共感だった。
「人々の考えを変えたいのなら、例えば人種差別、同性愛嫌悪、イスラム急進主義、無政府主義を取り下げさせたいのなら、その人に間違っていると言うことは何の役にも立たない。彼らに実際に見せるべきなのだ」と著者は強調する。
扱われる対立の例が多少西欧中心的ではあるものの、このところ類似の現象が起きている韓国社会にも、考えるべきことを提供してくれる本だ。