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買い物をする時には別々に 一度に一つのことだけをさせろ

原文入力:2012/07/27 20:57(3310字)

mayseoul@naver.com

[土曜版] 家族  夫の使用説明書

"なぜ俺の気持ちが分からないのか?!" 夫婦げんかの末にたびたびそう考えます。 夫婦間の葛藤の原因と治癒法を研究してきたジョン グレー博士は「もともと男は火星人で女は金星人なので、両者の言語と考え方は違わざるをえない」と語っています。 更にはテストステロンやオキシトシンのようなホルモンのために女は‘火’で、男は‘氷’だとも言いましたね。 私と君が違うこともあるということを理解して相手を眺めればその眼差しがもう少し美しくなりはしないでしょうか?

  私を腹立たせる妻の行動がある。 悪意が含まれているわけではない。 まして私の腹を立たせるために緻密に計画された行動でももちろんない。 他の人々の目にはあまりにも自然な姿でありうる。 それでもその行動に私は腹が立つ。 理解しようにもできない。 妻は問い詰める。 なぜそんなことで怒るのかと。

  私にとって市場やマートは怒りがしばしば爆発する場所だ。 買い物をすることは簡単なことだ。 たいていは家を出る時には買う物が決まっている。 当然だ。 買うものがあるから買い物をしに行くのではないか。 しかし実際に現場にくれば状況は変わる。 「何から買う?」 「有機農豆腐」の‘指示’に従い食品売場に行って豆腐をカートに入れる。 ところが戻ってくると一緒に来た人がいない。 妻は遠く離れたところで他の商品を見ている。「何してる?」 「ウン」 これは返事ではない。 物に気をとられているだけだ。 妻の手に持たれた商品は購買品目リストに上がっていないものだ。 実際に買うケースもあまりない。 妻はただあちこち見回してこの物あの物をつまんで見ている。 このような状況が何回か繰り返されればどっと疲れて腹が立つ。 「何してる?」 「早く来いよ!」 妻を呼ぶ声がだんだん大きく荒くなる。

  ところでなぜその状況で腹が立つのだろうか? 自分でも理解できなかった。 長い間の思惟の末に得た結論は‘DNA’だ。 私は男だ。 100万年前に石斧を持って恐竜と戦った人間だ。 生まれ変わってからは猪やノロ鹿を捕まえて、また再び世の中に出てきた時は戦場を縫った。 狩猟や戦争は集中が必要な仕事。 からだと心を一つに集中する‘集中’のDNAが私の中にある。 豆腐を買いに行けば豆腐だけを買えば良い。 私の目には他の販売台でうろつくことはむなしい力を使うだけの行為に見える。

  再びDNAに戻ろう。 男は一度に一つのことしかできないようにプログラムされている。 少なくとも、私はそうだ。 女は違う。 原始時代、女たちは男たちが狩猟する間に一緒に集まって燃料をくべて火をつけて、食べ物を準備して、洗濯物をほして、子供たちの世話をしただろう。 マルチタスキングはそのようにして女のDNAに搭載された。

  買い物の時に争わないようにしたいなら‘別々に’。男には購買目録を書いた紙を渡しておくだけで良い。 任務はまちがいなく成しとげる。 あちこち見回したければ男が好む間食の一つでも買って口に咥えさせ、椅子に座ってしばらく待てといえば良い。 食べながら怒る人間は珍しい。

  買い物をすることについてもう一つ言ってみれば、男に抽象的な指示は難しい課題だということ。 「夕方のおかずの材料ちょっと買ってきて。」これは論述以上に難しい。 頭の中が白くなる。 ‘指示’は具体的でなければならない。 もやし一袋、カボチャ二つ、ホウレンソウ二束、長ネギ一束。 適当に買ってこいと言われれば不安になって腹が立つ。

長いショッピングを望むなら
座って待っててと言えば良い
おかずの材料適当に買って来い?
いっそ論述問題を出して欲しい

男は罪を犯しても‘形に生きて形に死ぬ’
目をつむり口を閉ざして反省中なのに
対話で解決しようと言われれば腹が立つ

  ‘男が怒る状況に対する遺伝学的分析’を盛り込んだ私の理論は他の事例の説明にも役立つ。 皿洗いがそうだ。 皿洗いする時は、その仕事にだけ集中できるように‘配慮’しなければならない。 洗う器は一度にシンク台に入れておきなさい。 頭の中に入力されていない新しい器やカップをシンク台に置いていくことが繰り返されれば、器を運んでくれた人に怒りたくもなる。 その上、皿洗いを熱心にしている最中に「それが済んだら洗濯も干して」という声まで聞こえれば怒ってしまう。 もちろん妻も他の仕事をしている。 理性的に考えれば怒ることではない。 それでも怒りが込み上げる。 私は心の中ではすでに何度も器を床に投げつけた。 一度に一つずつ. 夫の使用説明書の核心だ。

  こういう‘集中’のメンタルは運転中にも現れる。 運転はマルチタスキングだ。 集中が必要だ。 雑談は集中を妨げる‘ノイズ’だ。 水やタバコをくれと言われたら渡して黙って気楽に休んでいなさい。 度々話しかけられればかんしゃくが起きるだけだ。 記憶しなければならない重要な話は運転中にしてはいけない。 「さっき旅行から戻ってくるときに車の中で話したじゃない」と咎めてみても効果はない。

  もう一つ。 男には‘体面’が重要だ。 後輩夫婦の話が良い事例だ。 ヨーロッパ旅行中に二人は激しく争った。 叫び声が行き交い突然後輩の妻は消えた。 後輩の言った言葉。 その時、頭の中に浮び上がった思いは妻に対する心配ではなかったんだ。 「妻の実家に行って何と説明すればよいだろう?」体面や威信はこのように男の無意識の深いところに枠をあわせている。 形に生きて形に死ぬ。 人間性の問題ではない。 男のDNAに刻み込まれた遺伝型質だと私は主張する。

  体面のためにそうなのかは分からないが、私は‘申し訳ない’または‘間違った’という表現が下手だ。 口の中では‘ごめんね’ ‘間違った’ ‘許して’のような言葉がぐるぐる駆けまわり渦巻いている。 それでも唇が開かない。 遠い昔、狩猟や戦争で誤りを認めれば苛酷な処罰を受けたりしたからなのか? とにかく、男が目伏せたり沈黙すれば誤りを認めるという表示だ。 口を閉ざして反省中なのに「あなたはなぜ間違っておきながら申し訳ないという言葉さえ言えないのか」と責め立てられれば思わず腹が立つ。 1,2回ならこらえる。 責め立てが続けばついには大声を出すことになる。 「そうだ、申し訳ない。 これでいいか?」もう本格的な戦いが始まる。 「申し訳ないと言いながらなぜ声は怒鳴って大騒ぎするの?」

  最後に、スキンシップと関連して必ず言いたい話がある。 私は頭を触られるのは苦手だ。 とても珍しいことだが妻が頭を撫でる時がある。 ‘オ? これは何だ? 俺はペットか?’映画では組織暴力団が下の人を扱う時に頭を殴る。 角材や鉄パイプではなく、手の平やプラスチック定規、ノートなどさして重要ではない用品が殴打の道具だ。 殴られた人の表情はゆがむ。 痛みより自尊心が傷つけられるためだ。 慶尚道(キョンサンド)ではこの時、殴る奴の口からこのようなコメントが出てくる。 「お前、どこか具合が悪いのか?」パク・クネ議員の「病気にかかられましたか?」という言葉が登場するシチュエーションはまさにこれだ。 とにかく頭は男にとって鋭敏なところだ。 できるだけ手を付けるな。 性感帯でもないではないか。

  災いは起こした人にも良いことではない。 怒ればいつも後悔する。 気持ちが塞ぐ。 この短気をどうするか。 齢がもっといけばテストステロンの分泌量が減ってエストロゲンがむやみに出てくるようになれば変わるかも知れない。 男、うまく使えばそれなりに役に立つ。 災いが起きないようにうまく使うことをお願いする。

ある夫

原文: https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/544629.html 訳J.S