力の弱い私は、いじめられることが多かった。そこで、近所の拳の強い友人に助けを求めた。その友人と一緒に過ごすようになるといじめは減ったが、その代わりに、友人とつるむうちに、たびたび危険なことに巻き込まれるようになった。もう断ろうかと思いながらも、そうすれば、いざというときに友人が助けてくれないのではないかと思うと、怖くなる。
韓国と米国は非対称的な同盟関係にある。対等ではない強大国と弱小国は、交渉において対等な関係を築くことは難しい。当然、同盟への依存度が高い側が負担するコストはより大きくなる。弱小国は国家の安全保障上の脅威を念頭に置いて同盟を結ぶが、強大国はこの関係に付随する利益に関心を持ち、同盟を結ぶことになる。
コストの格差が存在する関係において、弱小国には必然的にジレンマが生じる。望まぬ紛争への「巻き込まれ(Entanglement)」と、要請を拒否することによる同盟国からの「見捨てられ(Abandonment)」への懸念の間で生じるジレンマだ。死活的な利益がかかっている弱小国は、国益と脅威との間で絶えずジレンマに直面している。
とはいえ、国際社会には外交上の慣習や通例というものがある。自分の方が少し力が強いからといって、弱小国をむやみに脅迫してはならない。相手も厳然たる主権国家であり、守るべき法規と手続きがあるからだ。特に派兵のような安全保障上極めて敏感な事案については、非公開で要請するのが通例だ。また、投入すべき資産や兵力の規模についても、あくまで要請を受けた側が決定すべきだ。いくら強大国であっても、主権国家の判断に基づいて固有の権限を行使できるようにすべきであり、それを超える行為は「要請」ではなく、脅迫を超えた「ならず者の行為」だ。
現在の米国のトランプ大統領の振る舞いは、まさにならず者じみている。英国、フランス、スペイン、ドイツ、イタリア、さらには日本までもが平和憲法を掲げてホルムズ海峡への関与を拒否すると、執拗に韓国をたたき始めた。先月17日、トランプ大統領は李在明(イ・ジェミョン)大統領との電話会談の内容まで自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」で公開し、「軍事作戦の支援を要請したが、李在明大統領が拒否した」と投稿した。また、トランプ大統領は4日、韓国に地対空ミサイルシステム「天宮II」の国内備蓄分をウクライナに売却するよう圧力をかけるべきだとする内容のワシントン・ポストのコラムを、トゥルース・ソーシャルで共有した。そのコラムには、「トランプはすでに、ホルムズ海峡での支援を拒否した韓国に対し、当然ながら怒りを抱いている」と書かれていた。常識の範囲を超えた脅迫だ。中央政府が地方政府に対してさえ、このようなことはあり得ない。
韓国政府としては、山積する対米懸案を前に、トランプ大統領の圧力に焦りを感じたのかもしれない。しかし、冷静に判断すべきなのは、巻き込まれることの見返りとして、われわれが得られる国益はどの程度なのか、そもそもその見返りが本当に存在するのかという点だ。2003年のイラク派兵決定とは、あらゆる状況が異なる。国連の決議に基づき、国連が承認した多国籍軍として派兵したイラクとは異なり、大義名分もない紛争地域へ、脅迫に押されるがままに軍を派遣することは、外交的決断ではなく、韓国軍の資産と将兵の命を担保にした冒険だ。イラク派兵を決定したときとは異なり、現在の相手は丁重な外交的要請すら行わないのはもちろん、説得や検討の期間さえろくに与えていない。
しかも、ホルムズ海峡は米国法上でも「戦争地域」ではない。トランプ大統領が戦争権限法に違反しているからだ。ホルムズ海峡の現状は、米国の違法な侵略行為によって生じたものであり、この事態がどう決着し、責任の所在がどう定まるのかも不透明だ。いたる所で好き勝手に振る舞う「ルール破り」が、韓国に対してだけはルールを守ってくれると期待することほど、荒唐無稽な望みはない。
韓国憲法は、国際平和の維持に努め、侵略戦争を否定すると明確に規定している。憲法の精神に違反してまで関与することで得られる国益は、はたして見捨てられることによるリスクよりも大きいのだろうか。トランプ大統領の横暴な要求に対し、韓国政府がいますべきことは、あいまいな立場に隠れて時間を引き延ばすのではなく、大義名分のない侵略行為に、韓国軍と国益を担保として差し出すことはできないという「拒否」だ。明確な拒否だけが、このならず者の行為を止められる。
パン・ヘリン|軍人権センター事務局長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )