中東からの脱出とアジア太平洋への帰還。20年以上にわたり米国の対外政策における中心的な柱だったこの基調は、トランプ大統領がイランに向けて1発目の爆弾を投下した瞬間、崩壊がさらに進んだ。現時点の米国は、戦術的にも戦略的にも政治的にも敗戦国だ。代価は想像以上に大きく、かなり長く続くことになるだろう。
海を越えて戦力を投入できる米国だけが持つ軍事力の優位は、2本の柱に支えられている。全世界に散開している米軍基地と基地へのアクセス権、そして、数千万ドル規模の精密誘導兵器。イラン戦争はこれらの2本の柱を同時に揺るがした。イランの弾道ミサイルとドローンの砲火によって、中東全域の米軍基地は猛攻撃を受けた。中東と欧州の同盟国は、米軍による自国領土からの出撃や通過を拒否した。トマホーク巡航ミサイルからパトリオット迎撃ミサイルまで、各種兵器システムごとに在庫の30~80%が消耗した。全精密誘導兵器の在庫の半分がこの戦争で消費された。
その結果がホルムズ海峡だ。海峡の統制権を米国は失った。イランは、核抑止力よりさらに強力かつ常時行使可能なカードを手に入れた。戦争がなくても、核兵器がなくても、世界のエネルギーのサプライチェーン全体を人質に取ることができる「ホルムズ抑止力」だ。終戦協定覚書の締結からわずか8日で米国とイランが交戦を再開し、3日間衝突が続いたことは偶然でない。トランプ大統領は敗北を隠そうと、イランはホルムズ海峡の管轄権を刻み込もうとしている。この構造的な緊張は、いかなる覚書に署名したとしても、解消されるものではない。
イスラエルは米国の泥沼をさらに深めている。イラン戦争でイスラエルはこぶを取り除くどころか、さらにこぶを付け加えてしまった。イランは制裁解除で財政を回復し、ミサイルとドローンの製造を再開し、「抵抗の軸」全体を再建するだろう。すでにレバノンのヒズボラは、戦争中にイスラエル北部に対する持続的な攻撃能力を誇示した。イラクのシーア派民兵組織は米軍基地に圧力をかけ、撤退を強制するうえで決定的な役割を果たした。イエメンのフーシ派とガザのハマスは、再武装の時間を得た。イスラエルは、イランの実存的な脅威が除去されるどころか、より複雑かつ多層的な包囲網のもとに置かれることになった。
ワシントンの対外政策サークルでいまでも主流の覇権論者は、この現実を受け入れようとしないだろう。米軍撤退後のアフガニスタンにおけるテロの脅威の再構築を繰り返し警告してきた米情報機関の「官僚的コンセンサス」の惰性と利害関係は、いまなお作用している。イスラエルロビーの政治力は、議会の予算と大統領の決定の両方に影響を及ぼす。この構造のもとで米国は、ホルムズ海峡をめぐる消耗戦を継続する可能性が高い。
歴史は明確な教訓を残している。ベトナム戦争を終結させた1973年のパリ和平協定以降、米国は、2年後のサイゴン陥落を無為無策に見守った。しかし、ベトナム戦争の敗北が招くと警告されていた東南アジアの共産化ドミノ現象は起きなかった。むしろ、ベトナムと中国は戦争をし、相互にけん制した。米国は敗北の現実を受け入れることによって、中国との関係正常化に進み、これは、ソ連を崩壊させた米中連帯の本質となった。2021年8月のカブール陥落と米軍撤退から5年が経過したアフガニスタンは、1979年以降で最も長い平和を享受している。西側の安全保障上の脅威となるとされた国際テロ分子の温床化は進行しなかった。米国が撲滅しようとして失敗したケシ栽培は95%減少し、タリバーンはむしろイスラム国(IS)とアルカイダの掃討を進めている。
保守派のウォール・ストリート・ジャーナルも29日付の社説で「イランがホルムズ海峡の戦いに勝っている」ことを認めた。現実はすでにそこに存在する。イランによるホルムズ海峡の管轄権の主張は、貪欲ではなく生存の論理だ。イランは、国際社会と締結した核合意である包括的共同作業計画(JCPOA)を一方的に破棄して戦争を挑発した米国を信頼できない。物理的統制力だけが保障の手段だ。イランはすでにホルムズ海峡の統制権の半分を握った。それが現実だ。残り半分は国際社会が握っている。米国がイランとの関係を正常化し平和を維持するのであれば、その半分は封鎖ではなく開放に用いられるだろう。
中東の泥沼から抜け出し、アジア太平洋へ向かう道は、軍事的勝利宣言ではなく敗北の直視から始まる。現実を認めることだけが戦略的転換への第一歩だ。少なくともトランプ政権下では、米国がそうする可能性は非常に低い。その間、アジア太平洋における米国の存在感はさらに薄れ、中国の存在感が強まり、アジアの同盟国に対する米国の要求と圧力はさらに強まることになるだろう。
チョン・ウィギル|国際部先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )