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ありがとう、サムスン電子労働組合!【寄稿】

登録:2026-06-03 08:49 修正:2026-06-03 10:05
4月23日午後、京畿道平沢市のサムスン電子平沢キャンパス前で、超企業労働組合の組合員たちがスローガンを叫んでいる=チェ・ヒョンス記者//ハンギョレ新聞社

 ありがとう。あなたたちの成果給要求が、韓国社会が長い間避けて来た問いを公の場へと引き出した。成長の成果は誰のものなのか。過去60年間、韓国は驚異的な成長を遂げてきた。だが、その成長が生み出した成果をどう分けるべきかという問いに真摯に向き合ったことはなかった。成長する方法は学んでも、成長の果実を分かち合う方法についてはしっかり学べなかったからだ。韓国社会において、成長の成果を誰が、どれだけ、どのように分かち合うかを問うことは、常に不快な質問と思われてきた。ましてやそれが労働者の要求であるなら、言うまでもない。

 分配の「分」の字を口に出した瞬間、分配は正当な問いではなく、「共産主義者」や「アカ」の言葉と見なされてしまった。2011年、「同伴成長委員会」が「超過利益共有制」を提唱した時のことだ。当時、サムスン電子のイ・ゴンヒ会長は、「(それが)社会主義国家で使う言葉なのか、資本主義国家で使う言葉なのか、共産主義国家で使う言葉なのか、訳が分からない」と述べ、不快感をあらわにした。

 福祉をめぐる議論も同様だ。福祉の拡大を論じると、すぐにそれが国民の労働意欲を低下させ、国家債務を増やし、結局は韓国を南米やギリシャのような国にしてしまうという主張が繰り返されてきた。保守メディアや保守政党が失業手当を「甘いシロップ手当」と揶揄したことは、再分配を嫌悪する古い観点が依然として健在であることを示した。

 ところが、不思議なことが起きた。サムスン電子労働組合が「超過利潤」のかなりの部分を成果給として配分するよう求めたにもかかわらず、誰もサムスン電子労組に共産主義者や社会主義者というレッテルを貼らなかった。むしろ波紋が広がったことを受け、イ・ジェヨン会長が謝罪する一幕もあった。もちろん、労組の要求が「行き過ぎている」という批判が殺到したが。

 超企業労働組合サムスン電子支部 のチェ・スンホ委員長の言う通り、他の労働者とは異なり、サムスン電子半導体部門の「正社員たちはたくさん勉強した方々」だからだろうか。時給を400ウォン(約42円)上げてほしいという清掃労働者の要求を断固として拒否したある大学が思い出させる。「学生のためだと言って偽善を働くな。私たちは人質ではない」とビラを貼ったあの大学の学生たちの姿が記憶に残っている。力のある労働者の分配要求は交渉の対象だが、力のない労働者の要求は度が過ぎた要求になるのだろうか。

 超過利潤をどう分配すべきか、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が続いた。3万5千人余りに達する派遣、用役、下請け業者所属の労働者と分け合い、基金を作るべきだという主張から、企業の主人は株主であるため、株主により多く分配すべきだという主張まで。社員の間にも亀裂が深まっている。半導体部門以外のサムスン電子社員を中心とする労働組合は暫定合意案に反対し、裁判所に組合員の賛否投票の中止を求める仮処分を申し立てた。結局、サムスン電子は、今後5年間で5兆ウォンを造成し、協力企業への支援や人材育成などに充てると発表した。

 しかし、超過利潤を分配する対象を拡大し、基金を設立することは根本的な解決策にはなり得ない。仮にその原則が他の大企業に広がったとしても同様だ。「全国事業体調査」の資料によると、500人以上の企業に雇用されている労働者は、全就業者のわずか10.6%に過ぎない。成長の成果が大企業内に留まるならば、中小企業や自営業などに従事する90%の国民が排除されざるを得ない。

 サムスン電子の労働者だけに社会的連帯を求めるのも公平ではない。韓国社会を過酷な各自生存のジャングルにしておきながら、今になって彼らに社会全体の安寧と連帯を考える「対自的労働者」になるよう求めるのは無責任だ。自分以外に誰も自分や家族を顧みない社会において、他人の安寧をまず考えろと言うのは、耳に逆らう道徳的な訓戒に過ぎない。

 ならば、(何が必要なのかは)明らかだ。より善良な労働者を期待するのではなく、より広範な制度を整えなければならない。何よりもまず、無給労働を含め、どんな仕事をしていても、どこで働いていても、市民であれば誰もが基本的な生活を保障されなければならない。中産階級であれば、失業、疾病、老齢などの社会的リスクに直面しても、中産階級の生活水準を維持できる社会保障制度が必要だ。もう一つは、個々の事業場を超えて、少なくとも産業ごとに労働条件を議論できる、強制力のある社会的交渉体制を作らなければならない。

 ありがとう。決して意図したわけではないだろうが、あなたたちの要求は、韓国社会が目を背けてきた問いを突きつけてくれた。「成長の成果は誰のものか」。この問いに対し、もはや「アカ」や「モラルハザード」といった古いレッテルを貼ることはできなくなった。今こそ、政府と社会が答える番だ。

//ハンギョレ新聞社
ユン・ホンシク | 仁荷大学社会福祉学科教授・福祉国家再構築研究センター長(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1261249.html韓国語原文入力: 2026-06-01 13:56
訳H.J

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