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[ハンギョレin] 兄さんの息を詰まらせた学資金貸出 1000万ウォン

原文入力:2011/07/17 22:50(3172字)
イム・ジソン記者

‘イーマートで窒息死’ファン・スンウォン氏の妹がみた兄さん
兄さんが残した貸出金 そっくり母親と妹が背負って

←17日午後、京畿道(キョンギド)高陽市(コヤンシ)東国大一山病院霊安室で去る2日にイーマート炭峴店の冷凍機補修作業をして亡くなったソウル市立大学生ファン・スンウォン氏の妹が兄の霊前に杯を上げている。 高陽/カン・ジェフン先任記者 khan@hani.co.kr

除隊後、働き口を見つけ「復学するまでにしっかり稼いで貸出を返したい」と話していたが…企業等 死亡責任を争い16日経った今日も葬式も行えず

 "兄さんが安らかに逝けるよう大人たちが責任を負ったら"

兄さんが亡くなってすでに16日が経った。17日、弔問客の足も途絶えた東国大一山病院葬儀場で喪服に身を包んだファン・スジン(仮名・16)さんが兄 スンウォン(22)氏の遺影をぼんやりと眺めていた。「アイゴー、私のかわいい子」 生前に六才年下の妹を‘自分のかわいい子’と呼んで可愛がった兄さんが写真の中で優しい微笑を浮かべている。兄さんは去る2日未明 京畿道、高陽市、一山のイーマート炭峴店で冷凍設備を修理していて窒息死した。この日、兄さんを含めて4人が亡くなった。

去る5月18日、軍隊を除隊するやいなや兄さんは忙しかった。「復学する前までしっかり稼いで学資金貸出を返したい。」兄さんは世宗大ホテル経営学課に通った1年間に授業料のために1000万ウォン近く借金をした。集中的に勉強したため2学年1学期には全額奨学金を受けられたが、再び修学能力試験を受けて授業料が半分程度のソウル市立大経済学課に入学した。授業料料負担を減らしても1000万ウォンの学資金貸出は兄さんの息を詰まらせた。 一学期間通って軍に入隊した兄さんは、軍服務中にも月給5万ウォンを家へ送り、休暇で外出しても職業紹介所を訪ねた。母親が渡したお小遣3万ウォンを机の上に残して部隊に復帰する、兄さんはそのような人だった。

除隊直後にオンライン求人・求職サイトを調べた兄さんは「町内にある冷凍設備修理業者で求人がある」と言って喜んだ。面接に合格した兄さんは「月給が150万ウォンになる」と喜んで出勤した。最初の数日間、兄さんは退勤する度に全身が痛いとし唸っていた。スジンはやわらかく兄さんの肩をもみながら尋ねた。「兄さん、そんなに大変ならもう少し楽な仕事をしたら?」 兄さんはその度に笑って言った。「月給150万ウォン稼げるところなんてそうはないよ。復学するまでの4ケ月間 働けば学資金貸出もちょっとは返せるし授業料も払えるからね。」兄さんは初めての月給日にお小遣だと言って5万ウォンをくれた。スジンは申し訳なくて受け取れなかった。

兄さんはいつも家族に対する責任感を背負って生きてきた。父親が事業に失敗して以来、家族は追われっぱなしの生活を送らなければならなかった。兄さんが中学生、スジンが小学生だった時期だった。二人は学校にもまともに通えなかった。母親は食堂、サウナ、工場で片っ端から仕事をしたが、ソウル、新堂洞の保証金1000万ウォンに家賃40万ウォンの半地下の家を見つけるまでには長い時間がかかった。勉強をあきらめられない兄さんは検定試験を経てついに大学に入った。

スジンも検定試験を準備中だったが、勉強を助けてくれた兄さんが今はもういない。「来月には高卒検定試験を受ける予定だったのに…、試験を受けることもできなそうだ」としてスジンは黙った。

 兄さんが死んだ日は土曜日だった。母親がちょうど休みの日だった。母親は町内にある零細工場でつくった製品にラベル貼りをして一ヶ月に110万ウォンを稼いだ。「イーマートへ夜間作業に行く」と言って家を出て行った兄さんは朝になっても帰ってこなかった。夜が明けてしばらくしたころ、母親の携帯電話に兄さんの電話番号が表示された。「お前、帰っても来ないで何をしてるの、今どこなの?」高くて畳み掛けるような母親の声に答えたのは息子ではなく警察官だった。母親がからだをぶるぶる震わせながら話した。「スジン、スンウォンが死んだって。」16才のスジンにとって兄さんの死はまったく理解出来ない。兄さんの葬儀をなぜ16日間も続けていなければならないのかも分からない。兄さんが死んだ場所はドアからわずか十歩も離れていないところだった。葬儀場に来た兄さんの会社の同僚は「事故が起きた日は6回にわたる冷凍設備補修作業の最終日だった」として「イーマートの機械室は喚起もよくなく作業環境がとても劣悪だった」と伝えた。スジンはイーマートぐらいの大型マートならいつもきれいで快適だと思った。‘いつもきれいで快適な’イーマートにするために冷凍設備を直して兄さんが死んだ。

 冷凍設備は外国系会社のトレインコリアがイーマートに売ったものだ。世界500大企業中に入る‘金持ち会社’だという。維持補修は新堂洞の小さな補修業者であるオリュンで担当した。兄さんはオリュンでアルバイトをして2ヶ月にならない新米労働者だった。兄さんが死んだ日、オリュンの社長も、経歴の長い先任者も一緒に死亡した。トレインコリアの職員も亡くなった。イーマートのターボ冷凍機を修理していて死んだが、イーマートでは葬儀場に弔花さえ送りはしなかった。「兄さんがイーマートで仕事をして死んだのに、イーマートの責任ではないという話がどういうことなのか、よく分かりません。」スジンのため息は深かった。

 亡くなる時まで兄さんが心配していた学資金貸出はそっくり母親とスジンの背に残った。いつも誠実で優しかった兄さんが残したのが借金だけだという事実を妹は受け入れにくい。スンウォン氏を抑え付けた学資金貸出をスジン母娘が返さなければ死亡直後3ヶ月以内に裁判所に‘相続放棄申請’をしなければならない。相続を放棄すればスンウォン氏に支払われる補償金も全て放棄しなければならない。現実は‘力の無い者’に対してより一層冷酷だ。イーマートは警察による捜査結果が出て初めて補償問題を議論できると明らかにしている。当初、葬儀費用を支払うと言ったトレインコリア側との補償議論も空転している。結局、スンウォン氏の亡骸は葬儀も行えないまま16日間も安置室の冷凍庫で凍っている。「スンウォン、母さんが来たのにどうして出てこないの。」母親は毎日 兄さんの遺体が横たわっている安置室の前を行ったり来たりして嗚咽している。最近になって母親の健康はますます悪くなっている。食べた物も全て吐いた。

 17日午後、一群の大学生たちが葬儀室を訪ねた。イーマート炭峴店前で記者会見を終えてきた韓国大学生連合(韓大連)所属の大学生たちだった。弔問をした大学生のお姉さん お兄さんたちが“頑張って”と言いながらスジンの手を握った。高麗大総学生会長のお兄さんは、コン・ジヨン作家の<君がどんな生活を送ろうが私は君を応援するだろう>という本をプレゼントし、あるお姉さんは検定試験の準備を手伝うと言って連絡先を渡した。

 理解できない世の中で16才のスジンがはっきりと分かることは一つだけだ。「兄さんをもう送り出してあげなければならない」という事実だ。「かわいそうなうちの兄さん、もう苦しまないで安らかに逝けるよう、大人たちが責任を負うべきことははやく責任を負って欲しいです。」スジンが頭を下げた。

原文: https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/487840.html 訳J.S