昨年10月11日夕方、北朝鮮外務省が重大声明を発表し、「韓国が今月3日、9日、10日夜に無人機を平壌(ピョンヤン)に侵犯させ、扇動ビラを撒いた」と主張した時、韓国国内でこの主張を事実だと信じる人はほとんどいなかった。性能の優れた様々な監視・偵察手段を保有している韓国が、北朝鮮との武力衝突の危険を冒して平壌に無人機を送る理由がなかったためだ。
尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権が発足する前には、韓国政府は無人機を北朝鮮に送ったことがない。韓国の電子偵察機「金剛(クムガン)」・「白頭(ペクトゥ)」と各種無人機の性能が優れており、軍事境界線(休戦ライン)以南でこれらを飛ばしても北朝鮮軍の動きを詳しく監視できるうえに、北朝鮮全域を覗く米国軍事偵察衛星の助けを借りているからだ。北朝鮮が2014年と2022年の2度、韓国に無人機を送ったのは、韓国と米国のように先端情報資産がなく、対南偵察のためには無人機に頼るしかないからという分析が有力だった。
北朝鮮は平壌に浸透した無人機が韓国ドローン作戦司令部(ドローン司令部)の「遠距離偵察用小型ドローン」だとして、墜落した無人機の写真を公開した。「遠距離偵察用小型ドローン」は2021年に韓国の技術で開発された。防衛事業庁が説明したこの無人機の用途は「有事の際、敵の縦深地域に密かに浸透し、敵の重要な標的に対する情報を獲得すること」だ。 この無人機は有事の際に北朝鮮領空に入り、主要施設の写真を撮る挑発対応偵察任務を遂行するという。戦時ではなく平時に韓国が平壌に無人機を送れば、明白な休戦協定違反だ。平壌への無人機の侵入は、たびたび「ルールに基づいた国際秩序」を強調していた尹錫悦政権の態度とも背馳するものだった。
当時、合理的な推論が可能な範囲内では韓国が平壌に無人機を送る理由がなかったため、一部の専門家は「北朝鮮の自作自演が疑われる」とも主張した。なにより、北朝鮮が指摘した無人機の性能が、北朝鮮への浸透に適していなかった。「共に民主党」のプ・スンチャン議員室が入手して公開した「迅速モデル獲得事業21-2次軍事的活用性検討文書」によると、この無人機は音がうるさすぎて発覚しやすいため、実戦での使用が不可能だった。
軍当局は雲の多い日に肉眼で無人機の識別が難しい2キロメートル高度で、「運用高度での観測および騒音による飛行体の識別」実験を3回行った。3回とも飛行体識別は「不可」だったが、騒音の聴取は「可能」だった。さらに、この無人機はレーダー電波反射面積(RCS)が広く、レーダーに捉えられるため、レーダー反射面積を下げなければならなかった。しかし、このための技術開発に1年以上かかり、軍当局はこの無人機を性能改善して実戦配置せず、教育訓練用に使うことにした。
北朝鮮が公開した、墜落した無人機の飛行経路に関する資料によると、この無人機は真夜中に30〜690メートル高度で平壌上空を飛行した。運用高度である2キロ上メートル上空で飛行しても地上で音が聞こえるほど騒々しい無人機が、静かな夜に運用高度よりはるかに低く平壌上空を飛行したとすれば、それは「私を捕まえてみろ」と北朝鮮軍に挑発するようなものだ。昨年10月、北朝鮮が無人機が浸透したと主張した当時、ロシアのアレクサンドル・マチェゴラ北朝鮮大使は「実際に10月8~9日午前0時30分頃、平壌市内の上空から無人機が飛んできて、大使館でタバコを吸うためにバルコニーに出た人たちが頭上でドローンの音を聞いた」とロシアメディアに述べた。マチェゴラ大使は、他の音と無人機の騒音を勘違いした可能性があるかという質問に対し、「(上空で)少なくとも3周した」とし、「平壌はその頃、完全な沈黙であるため、間違えようがない」と答えた。
深夜に平壌に現れた無人機の動きは「秘密浸透」という無人機の基本特性とは全く合わない。尹錫悦前大統領が戦時と事変またはこれに準ずる国家非常事態に宣布する戒厳を平時に突然宣布したように、平壌への無人機浸透についても常識的な説明が不可能だ。尹前大統領がわざと北朝鮮に見つかりやすい無人機を浸透させ、北朝鮮の武力挑発を刺激して戒厳宣言の名目にしようとしたという合理的な疑いを抱かざるを得ない状況だ。
プ・スンチャン議員が4月、武器を開発する国策研究機関である国防科学研究所(ADD)から提出された資料「ビラ無人機とドローン司令部無人機の形状比較分析」によると、国防科学研究所は北朝鮮が公開した無人機の形状がドローン司令部の小型偵察無人機と「非常に類似している」と判断した。同研究所は小型偵察無人機を独自で研究開発し完了した後、ドローン司令部に無償提供した。
国防科学研究所の分析資料は、北朝鮮が公開した墜落無人機の写真と同じ構図で撮った小型偵察無人機の写真と、独自で保有する設計図を比較分析したものだ。国防科学研究所は、両無人機の左右の究所は「飛行調整装置のソフトウェアは、製作会社が提供するソフトウェアを使って任務計画やビラの入れ物の作動命令などを簡単に構成できる」と評価した。プ・スンチャン議員室は、正式に小型偵察無人機の製作会社が提供したソフトウェアを運営する機関はドローン司令部だけだと説明した。 国防科学研究所は昨年10月、北朝鮮が公開した無人機の飛行経路(白ニョン島→草島→南浦→平壌)に沿って実際に飛行できるかどうかについて、「飛行可能」だと述べた。