高位公職者犯罪捜査処設置および運営に関する法律(公捜処法)改正案が10日、国会本会議の敷居を越えた。1月14日に公捜処法が制定されてから11カ月後のことだ。すでに野党の拒否権を無力化した政府と与党は、年内に公捜処を設置する準備を急いでいる。1996年に参与連帯が初めて検察改革の一環として公捜処の導入を要求し、金大中(キム・デジュン)元大統領と盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領がこれを約束したことを考えれば、24年かけて成し遂げた成果であるわけだ。
しかし、歴史的な進展に拍手するにはまだ早く、解消されなければならない疑問が残っている。一つ目は、公捜処という権力機関が持っている本質的な危険性だ。大統領直属の機関である公捜処は、高度な中立性と独立性が要求される検察と司法府を捜査対象にし、これらに対する捜査権と起訴権を同時に持つ。それに加え、「公職者の不正」自体とは距離が離れた職権乱用や職務遺棄の疑いなどの職務犯罪も捜査対象にしている。政権の性格によっては、公捜処が民主主義の大前提である三権分立を崩す道具になりかねないという懸念がつきまとう。
二つ目は、検察改革の大きな方向性と衝突する点だ。選挙で選ばれない権力である検察は、捜査権と起訴権を両手に握ることで、過剰(縮小)捜査と恣意的な起訴を通じ、牽制されない権力を行使できるようになった。これに対し文在寅(ムン・ジェイン)政権初期の法務・検察改革委員会は、検察の捜査権と起訴権を分離することを検察改革の大前提にした。ところが、積弊捜査の過程で検察の直接捜査の権限はむしろ拡大し、検察改革のために設置された公捜処も、検察と同様に捜査権と起訴権をどちらも持つように設計された。検察改革の大前提はどこかに行き、捜査権と起訴権をどちらも保有した権力機関だけが2カ所に増えることになった。
さらに、同じ検察改革の一つの分岐点として推進された検察と警察の捜査権調整を経て、検察の警察に対する捜査指揮権も廃止された。そのため2021年からは警察も独自の捜査(終決)権を持つことになる。三つに増えた独自捜査機関が制度変化の初期から自然に相互抑制とバランスを取るようになるなら幸いだが、権限争いと主導権競争に乗りだす場合、無分別な捜査による人権侵害の可能性だけが高まることになる。
三つ目は、民主主義の原則の毀損だ。第21代国会が開かれ、共に民主党が180議席に迫る圧倒的な議席数を確保し、野党の牽制機能は無力化された。しかし、国家刑罰権を行使する、それも場合によっては三権分立という民主主義の大前提を脅かしうる権力機関を設置する過程で、野党との協力政治の門を閉じてしまうのは、全く異なる次元の問題だ。たとえ「国民の力」の度重なる悪意がその口実を提供したとしても、野党の拒否権保障という当初の約束を忘れた与党の独走が合議制民主主義に反するという事実に変わりはない。
しかし、とにかく公捜処法は改正された。政権勢力は野党の反対とは関係なく公捜処の設置を押し切る土台を完成させたのだ。それならば、再び政府と与党が先に述べた懸念に答えなければならない。まずは、中立性に対する懸念が杞憂に終わるよう野党も納得できる人物を初代公捜処長に選出しなければならない。生みの苦しみの末に設立された公捜処が、設立初期から偏りがあるなどの議論に巻き込まれる場合、今後の公捜処の捜査の結果をめぐっても消耗的な政治攻防だけが続くことになりうる。そのようになれば、検察と公捜処に分かれた“選択的信頼”が世論に生じ、結果的に国家刑事システム全般に対する不信も強くなるだろう。
公捜処が検察と司法府を統制する機関に変質しないために、どのような牽制装置を設けるのかも重要な課題だ。公捜処は大統領直属の機関であるため、行政府内部の各種の統制手続きから事実上免れている。野党の強力な拒否権を保証し、与野党間の合意による設置を事実上強制した当初の法条項が中立性を保証するほとんど唯一の(そして強力な)装置だったが、公捜処設立の時期が数カ月延びたからといって法改正を強行し、これをなくしたのは与党だ。
何より政府と与党は、公捜処設置が検察改革の完成なのか、これを基に捜査権と起訴権の完全な分離という「検察改革シーズン2」を履行しようとしているのかを、明確に説明しなければならない。検察改革の中長期ロードマップを認識し、今の私たちがどのあたりに立っているのかを理解してこそ、多少無理にみえる政府と与党の公捜処設置に対しても客観的な評価を下せる。公捜処という新しい権力機関はそれ自体で“善”であるはずもないが、政権勢力の“善意”だけを信じて従うには、国家刑罰権の再編が人権の地形に及ぼす影響があまりにも重大だからだ。
ノ・ヒョヌン政治部記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )